ジンガラ餅行事
行事名称 ヂンガラ餅行事 (市指定無形民俗文化財)
行事開催日 1月8日に近い日曜日:14.00〜14.30頃
行事内容  “ヂンガラ”は、“神賀良”と書くとか、餅の取り合いが力較べで「神力もち」から「ジンガラ餅」と名がついたなどといわれている。
 行事は、神前に八升の御神酒、八升の餅米でついた餅、八種類の野菜の煮物が備えられる。年番の引継ぎ、神事のあと、拝殿で裸の20〜50代の約10人が、正月に神前に供えられた固くなった直径約30cmの丸餅を奪い合う。しばらくもみ合ったあと、一人が餅を拝殿の柱に打ち付け割る。昔はその割れ方でその年の稲作の作柄を占ったとされる。
 見物人は、氏子など400〜500人と多いが、拝殿は狭く、また、餅の取り合いは激しく、10分ほど拝殿へ入れてくれるが1チャージだけでほとんどの人は拝殿の縁の格子からのぞき見する程度であった。しかし、それにも限りがあり、ほとんどの人たちはジンガラ餅行事を見ることなく、境内で配られたおみやげを貰って帰った。
神社名:所在地
アクセス
茂侶神社:流山市三輪野山619
総武流山電鉄・流山駅から徒歩約30分、東武野田線・初石駅から徒歩約30分
祭神 大物主命
神社由来  茂呂神社の“茂呂”は、神の鎮座するところである御諸(みもろ)の“もろ”という説や、神の降下してくる杜(もり)が転訛したとする説などがある。
 延喜式にでてくる古い神社で、西暦一世紀ごろ、東国に派遣された景行天皇の皇子で日本武尊と兄弟の御諸別王の子孫の上毛野君や下毛野君の一族が来て、地形が大和の三輪山に似ていることから「三輪の山」と名づけて住み、故郷の大和三輪の大神神社を勧請したという説やその他の説がある。最初は三輪神社を称されたとも言われる。
感想 G多くの見物人に見せようとする役員らしき人たちは、拝殿入口の扉を開いてくれるが、餅を奪い合う人たちは「俺たちは命がけでやっている」として扉を閉めようとする光景があった。見物人の立場からすれば、“ヂンガラ餅行事”は、“神事”でなく“行事”と呼ばれていることでもあり、多くの氏子はじめ見物人に見せて頂けるような企画のほうがありがたい。“行事”と呼ばれるのは、市が無形民俗文化財に指定したことによるのであろうが。
G「ジンガラ餅行事」は、「玉せせり(九州・筥崎宮)」や「西大寺会陽裸まつり(岡山県)」と同じような、奇祭ともいわれる貴重な行事であり、末永く続けられることを願う。
茂侶神社境内
消防半纏を着て入場する参加者と境内を埋め尽くした見物人。
餅を奪い合う衆
半股に腹巻き姿で、寒さを吹き飛ばして紛争戦が行われる。
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