祭りの主役  神輿の担ぎ手
 神輿の渡御は、神社の神霊を神輿にのせ、氏子の町内を見て頂き、町内を清め、氏子の安全を守り繁栄させて頂くために行うといわれ、祭りの重要な行事である。
 渡御は、関東、とくに東京には2種類あり、その一つは神社の神輿の神幸祭での渡御であり、他の一つは町神輿といわれる各氏子町会が所有する町神輿の渡御である。

 神社の神幸祭の構成は、祭りによりまちまちであるが、一般に、日本神話で瓊瓊杵尊が降臨の際に、先頭に立って道案内したという猿田彦を先頭に、獅子頭、諌鼓鶏の山車、神旗、笛・太鼓、賽物、神馬、太刀・盾・弓矢、氏子役員などや、神職、そして神輿が巡行する。
 初日に神社を出輿し、氏子町内を巡行したあと、その日は御旅所、御仮屋、仮宮、行宮などと呼ばれる場所で夜を過ごし、最終日に神社へ帰る。御旅所から帰る行列を還幸祭と呼ぶ祭りもある。
 また、天下祭で人気の高かった附祭として、曳物が神幸祭に参加する神田祭などもある。

 神社の神輿は、一般に神社へ奉納されたもので鳳輦と神輿がある。神幸祭で渡御するのは普通1基が多いが、相殿されている神をそれぞれ別の鳳輦・神輿へ載せて渡御する祭りもあり、2・3基(神田祭など)、多い祭りでは6・8基(大国魂神社など)が出る。これら複数の鳳輦・神輿が出る祭りには、浅草神社の三社祭のように3基とも神輿の祭りもあるが、日枝神社の山王まつりや神田祭では2基の鳳輦と1基の神輿が渡御する。神社の神輿は、町神輿と区別するため、本社神輿、宮神輿などと呼ばれることもある。

 神社の鳳輦・神輿の担ぎ方は、成田山新勝寺の御本尊である大日如来の分霊が載る成田祇園祭や越ヶ谷まつりなどのように動的に担がれる神輿もあるが、一般には神幸祭の行列にあわせて鳳輦・神輿を台車に載せてしずしずと曳く祭りが多く、昔ながらに牛に曳かせる祭りもある。広い氏子町会を渡御する場合には、深川八幡まつりのように神幸祭の参加人員全体が車に分乗して巡行する祭りもある。

 町神輿は例外なく神輿で、1町会に大人用神輿、子供用神輿など複数の神輿を持つところが多く、三社祭や神田祭のように神社の例祭にあわせて100基以上も出る祭りもある。
 また、町神輿の担ぎ方は、ほとんど例外なく、重い神輿を身体と身体をぶつけあい、かけ声をかけながら担ぐ、躍動的な動きのある担ぎ方である。これは、みんなで力を合わせて威勢よく担ぐことにより、日頃のフラストレーションの発散の場や楽しみになっている。

 神幸祭と町神輿の渡御の日程は、一般に前後した別の日に行われることが多いが、根津神社大祭などのように同じ日に行われる祭りもある。

 このページでは、これら神輿や鳳輦の担ぎ手を神幸祭の神輿と町神輿の担ぎ手について紹介する。
神幸祭の神輿の担ぎ手
 神幸祭の鳳輦・神輿の担ぎ手は、一般に宮本とも呼ばれる奉仕の人たちで担がれる祭りが多いが、鳥越まつりや花園神社例大祭などのように、宮神輿が渡御する各町会の人たちが交代して担ぐ祭りもある。この場合は、鳳輦はなく、かならず神輿である。
 交代で担ぐ祭りでは、町会の境界などに次の町会の人たちが、宮神輿が来るのを今か今かと待ちかまえ、引き継ぎがスムーズに行われるように注意事項などをアナウンスしている姿を見かける。

 鳳輦・神輿の担ぎ手の衣装は、祭りによりいろいろあり、どれが正統ということはないが、右の絵は代表例の一つの日枝神社・山王まつりの鳳輦の担ぎ手である。この衣装は、江戸時代のいい方でいう黄衣に貫頭衣の裲襠・打掛を着て、白のくくり袴をはき、足にすねを守るための麻の脛巾を巻き、白丁鳥帽子をかぶる。
 鳳輦の担ぎ手は、衣装も神輿の担ぎ手とは違う祭りが多く、担ぎ手でなく、「輿丁・駕輿丁・輿舁き」というべきであろうか。また、牛に曳かせた鳳輦の場合には、「車副」というのが適切であろうか。あるいは、輿に付き添って随行する「輿添え・輿付・輿脇」というのがいいのかもわからない。寛政3年(1791)に書かれた神田明神祭礼図に、白帳を着た「上輿持人」と書かれているものもある。昔の衣装や人たちにはいろいろな名前があり、使い分けは難しい。

 他の代表例の一つは、白帳系の衣装である。白帳は、むかし公家の傘持・履持・車副などの雑色などが着た糊をつけた白色の狩衣で、祭りによりいろりあるが代表例は、衿はまるえり(盤領)で、脇は縫わずに、袖を紐でしぼる。袴は紐で裾口をしぼるくくり袴(括袴)であった。宮神輿の担ぎ手の衣装は、この白帳系が多い。

 また、荏原神社例祭の締め込み1本の宮神輿の担ぎ手の祭りもある。

 宮神輿を交代で担ぐ町会の人たちの衣装は、それぞれの町会のマークなどを染め抜いた揃いの半纏に締め込みや股引が多い。
標準的な鳳輦の担ぎ手(輿丁)の衣装
輿丁 (よてい)
駕輿丁 (かよちょう)
駕籠や輿(こし)を担ぐ人。
輿舁き (こしかき) 輿を舁く(担ぐ)こと、また、舁く(担ぐ)人。
輿添え (こしぞえ)
輿添い (こしぞい)
輿付 (こしつき)
輿に付き添って随行すること、また、随行する人。
輿脇 輿の脇、また、輿に付き添って随行すること。
車副 (くるまぞい) 牛車などの脇について供をする人。
雑色 (ぞうしき) 雑役に従事する人。
走衆 (はしりしゅう) 鎌倉・室町時代に、将軍が出かけるときに徒歩で共をする人。江戸時代に、常は玄関や中の口(玄関と勝手口との間の出入り口)に詰め、将軍が出かけるときには露払いをした徒士で編成された隊。
小舎人 (こどねり、ことねり) 平安時代以後、宮中の雑事をした人。中世には、幕府の侍所に所属し、雑用をした人。
御綱助 (みつなのすけ) 平安時代以後、天皇の行幸のときに鳳輦の綱をとる近衛の中将や少将が担当した役。
細纓冠 (さいえいかん) 縁が鯨の鬚を細く輪にして挟んだ纓が付いた冠で、6位以下の武官および6位の蔵人が着用した。
纓 (えい) もともとは、巾子の根を締めた紐のあまりを、後に垂らしたもののなごりで、冠の後に垂らした冠の付属具。立纓・垂纓・巻纓・細纓・縄纓などの種類がある。
白帳 (しらはり) 糊付けした簡単な狩衣。
白丁・白帳 (はくてい) 傘持・沓持・口取などの役をする、松明持ちや車副などの白張を着る仕丁。神事や神葬などに物を持ち運ぶ人夫。
裲襠 (りょうとう)
打掛 (うちかけ)
祭りの鳳輦・神輿を担ぐ人が、襖の上につける貫頭衣で、一般に文様が織り込まれている。
襖 (あお) 腋のあいた無襴の盤領の上着で、若年または武官の礼服。位階相当の色によるのを位襖という。狩衣は闕腋なので狩襖ともいう。
欄 (らん) 縫腋の袍、または半臂の裾につけた部分。
無襴 (むらん) 欄のない縫腋の袍、または半臂。
半臂 (はんぴ) 朝服の袍や襖の下に着る袖幅の狭い胴着。
朝服 (ちょうふく)
朝衣 (ちょうい)
皇族以下文武の官が朝廷に出仕するときに着用する正服。
盤領 (まるえり) 袍や狩衣と同じように、衣服の引合せのえりを、下前の上部から背に回して、上前の上部の端まで円形に仕立てた形。
盤領・上げ頸 (あげくび) 盤領の首紙の紐をかけ合せて留めた襟の形式。
垂領・垂頸 (たりくび) 正面の領の左側と右側とを垂らし引き違えて合せる着用法。
首紙・頸上 (くびがみ) 中国北方民族である胡人が着る衣服の袍・襖類の盤領の部分をいう。先端に結び玉を作った紐を一方の襟先に縫い込み、他方の襟につけた受け罠にかける。
束帯や衣冠などの時に着る盤領(まるくび)の上着。文官用を縫腋の袍、武官や少年用を闕腋の袍といい、位階によって違う色であったので位袍ともいう。好みの色で着ると雑袍という。
素袍・素襖 (すおう)
直垂の一種で、庶民の平服であったが、江戸時代に武士の礼服になった。麻布地で、定紋を付け、胸紐・露・菊綴に革を使い、文様がある。袴は上下同色の長袴をはき、上下の色が違うものは素襖袴、半袴をはくと素襖小袴という。
布衣 (ほい、ほうい) 庶民が着用する麻布製の衣服。平安時代以後は、麻布製の狩衣の総称で中級官人が着た。
江戸時代になると、無位無官の幕臣や諸大名の家士が着用した無紋の狩衣をいい、文様のないものを布衣、文様を織りだした布で作られたものを狩衣といった。
黄衣 (こうえ、おうえ) 無位の人が着る黄色の袍。(こうえ)
僧尼の着用する黄色の法衣。(こうえ、おうえ)
浄衣 (じょうい、じょうえ) 神事で着る狩衣形の白衣や僧侶の白衣。
下襲 (したがさね) 制服(束帯)を着るとき、半臂の下に着た下着。
縫腋 (ほうえき) 袍の両腋の下を縫ったもの。
縫腋の袍 (もとおしのほう) 天皇・文官が着用したもので、袖の下から両腋を縫いつけた袍。蟻先と呼ばれる裾の襴が左右に張り出し、後ろに「はこえ」と呼ばれる、縫腋の袍の腰の部分を内側にたたみ、左右を折りこんで袋状にした部分がある。
闕腋 (けつてき、わきあけ) 袍の両腋の下を縫わず襴をつけないもの。
闕腋の袍 武官や公家の未成年男子が、制服(束帯)の上着として着た。襴がなく袖から下両腋を縫わないで動きやすくなっている。
忘れ緒 (わすれお)
半臂の緒
半臂の腰の小紐の左腰に通して垂らす飾りの紐。
鳳輦は黄衣の輿丁が担ぐ 御綱助が飾紐を持ち進む鳳輦
下段を含む4枚の絵は、日枝神社山王まつりの神幸祭で渡御する2基の鳳輦と神輿である。これら3基の鳳輦・神輿は、台車で巡行する。台車での巡行は、昔の絵には見られず、専門の輿を担ぐ人がいたり、鳳輦・神輿が小さかったりなどから、昔は必ず担いで渡御したと思われる。
2基の鳳輦の担ぎ手(輿丁)は、まるえりの衿、脇は縫わずに、袖を紐でしぼった黄衣の袍を着て、白の袴は紐で裾口をしぼるくくり袴(括袴)に、引立烏帽子を被っている。黄衣の上に文様が描かれた裲襠(りょうとう、打掛)をつけている。
鳳輦の前後・左右には、侍烏帽子・細纓冠を被った、鳳輦の飾紐を持った御綱助が進む。
神輿は白丁によって担がれる 正装の輿丁
日枝神社山王まつりの1基の神輿の担ぎ手の衣装は、文様のない白帳で、袴は括り紐のない切袴。足には、鳳輦の担ぎ手(輿丁)がしている、すねを守るための麻の脛巾はない。また、飾紐を持つ先頭の4人もいない。神幸祭の列次は、2基の鳳輦の最後に神輿が進む。 鳳輦の担ぎ手(輿丁)の衣装で、細纓冠(御綱取)・鳥帽子に黄色の黄衣(無位の人が着る黄色の袍・上着)に白のくくり袴、足にすねを守るための麻の脛巾を巻いている。
神田祭の2基の鳳輦と神輿の担ぎ手はカラフルな布衣 鳳輦・神輿は台車に載り渡御 神田祭では御綱助はいない
 隔年に行われる神田祭の本祭の神幸祭では、鳳輦と2基の神輿が台車に載り巡行する。一之宮の鳳輦には大己貴神(大国主命)、二之宮の神輿には少彦名命、三之宮の神輿には平将門の分霊が載る。担ぎ手(輿丁)は、青・黄・橙色のカラフルな衣装でそれぞれの鳳輦・神輿を担ぐ(引く)。鳳輦・神輿の実際の扱いは、濃紺の半纏に股引の職方が行う。

 下左の絵は、すでに上覧(天下祭)は行われていなかったが、安政5年(1857)の神田御祭礼番付に一之宮・二之宮が描かれており、現在の神幸祭の鳳輦・神輿の担ぎ手の衣装と同じであることが見て取れる。

 元々神田明神には3柱祀られいたが、その後別の神社にわけて祀られたという。そのそれぞれの神社の祭りの一つである、南伝馬町天王祭禮で、神社の神輿を、氏子が半纏に締め込み姿で威勢良く担ぐ様子が、慶応3年(1867)の東京都立中央図書館所蔵の「南伝馬町天王祭禮」図(下右絵)に描かれている。

 平成11年から、陰祭には、3柱の一つであった江戸神社の大神輿が渡御し、担ぎ手は半纏に締め込みなどの氏子の人たちが担ぐ。
安政5年(1857)の神田御祭礼番付の部分 東京都立中央図書館所蔵の「南伝馬町天王祭禮」図
安政5年(1857)の神田御祭礼番付の部分。(出典:江戸型山車のゆくえ) 東京都立中央図書館所蔵の「南伝馬町天王祭禮」図の部分・イメージ。(出典:江戸型山車のゆくえ)
牛が引く牛島神社大祭の鳳輦 輿丁に引かれる根津神社大祭の鳳輦 牛の機嫌が悪く、鳳輦を引かず別に歩き、輿丁が引く
2輪の車に乗った鳳輦が牛に引かれ巡行する。牛は予備もおり、交代して引く。担ぎ手(車副)は、濃紺の半纏に股引に鉢巻き。(牛島神社大祭) 鳳輦は4輪の車で巡行する。担ぎ手(車副)は、濃紺の半纏に股引。(根津神社大祭) 御鳳輦と呼ばれる牛車。牛がうまく引かないらしく別に歩く。担ぎ手(車副)は、青色の布衣に引立烏帽子を被り、胸と背中に懸けた布には、文様が描かれている。(亀戸天神社)
正装で神輿を舁く大杉祭 台車に載る神輿を白丁が引く高山祭・春の山王祭 台車に載る神輿を白丁が引く三熊野神社大祭 神幸祭の参加者全員が同じ装束で、神輿も引く笹森稲荷神社例大祭
鳳輦の担ぎ手(輿丁)の衣装で、細纓冠(御綱取)・鳥帽子に黄色の黄衣に白のくくり袴、足にすねを守るための麻の脛巾を巻いている。(大杉祭) 神輿は台車に乗せて引かれ、担ぎ手(輿丁)の衣装は、白帳の布衣で、袴は括り紐のない切袴。(高山祭・春の山王祭) 神輿は台車に乗せて引かれ、担ぎ手(輿丁)の衣装は、白帳の布衣で、袴は括り紐のない切袴。(三熊野神社大祭) 台車に載せた神輿を、祭行列の参加者全員が同じ衣装で引く。(笹森稲荷神社例大祭)
白帳に黄色の裲襠が映える秩父夜祭の輿丁 真夏の成田祇園祭では、白帳の衣装の袖をまくり上げている 担ぎ手を識別するために、白丁烏帽子の色が違う 白帳衣装の石岡のおまつりの担ぎ手
布衣に引立烏帽子を被っている。胸と背中に懸けた布には、文様が描かれている。神輿は担がれて渡御する。(秩父夜祭) 白帳の布衣で、袴は括り紐のない切袴。真夏の祭りのため暑く、袖はたくしあげている。成田山新勝寺の御本尊である大日如来の分霊が祀られた神輿は、担がれて渡御する。(成田祇園祭) 白丁鳥帽子は、黒・白・黄などいろいろで、「一」「二」「本」など識別記号が書かれている。(くらやみ祭) 白帳の布衣で、袴は括り紐のない切袴。神輿は、担がれて渡御する。(石岡のおまつり)
白の鯉口シャツ(ダボシャツ)と白の股引(パンツ)衣装の常陸大津の御船祭 白い短めで幅広の襷状の布を襷掛けにし、半股引をはく素盞雄神社天王祭 白の揃いのTシャツの上に白い短めで幅広の襷状の布を襷掛けに掛け、股引(パンツ)をはき、出輿のお払いをうけている竹内神社例祭 広い氏子の祭りの場合、神幸祭の祭行列は車で巡行するため、神輿もトラックに積まれ担ぎ手はいない
白の鯉口シャツ(ダボシャツ)と白の股引(パンツ)。(常陸大津の御船祭) 白い短めで幅広の襷状の布を襷掛けにし、半股引をはく。(素盞雄神社天王祭) 白のTシャツの上に白い短めで幅広の襷状の布を襷掛けに掛け、股引(パンツ)をはく。出輿のお払いをうけている。(竹内神社例祭) 広い氏子の祭りの場合、神幸祭の祭行列は車で巡行するため、神輿もトラックに積まれ担ぎ手はいない。(本庄まつり)
荏原神社例祭では、海であった天王洲で宝暦元年に、光りを放つ牛頭天王(素盞嗚尊)の神面が見つかり、その海で神面を付けて神輿洗いが行われるようになったことに始まり、その御神面を付けた神輿の海中渡御が行われる。
猿田彦・神職・神輿などを乗せた十数艘の船が神社からお台場京浜公園へ海中渡御する。
船から降ろされた神輿は、海岸で練るが、特色のある担ぎ手も混じる。
一つは、締め込みだけの裸の担ぎ手。担ぎ手の多くには、裸で目立つこともあり、大きなこぶができている。(下左2枚)
他の一つは昔からの風習を守って、腹を冷えから守るという「藁縄(荒縄)の腹巻き」の担ぎ手。(下右2枚)
荏原神社例祭では、海であった天王洲で宝暦元年に、光りを放つ牛頭天王(須佐之雄尊)の神面が見つかり、その海で神面を付けて神輿洗いが行われるようになったことに始まり、その御神面を付けた神輿の海中渡御が行われる
川渡しの人たちは、みんなこんな装束(?)だったのでしょうか 痛そうな神輿瘤 腹式呼吸はできないでしょうね 女性の藁縄(荒縄)の腹巻きは、ファッションに見える
珍しい宮神輿の神輿振り 三々手拍子の手打ちで行われる選手(担ぎ手)交代 町会の境界では、役員の挨拶により担ぎ手が交代する
標準的な白帳衣装の担ぎ手は、巡行の途中の街角などで激しく揉む。(越ヶ谷まつり) 神輿の上げ下げなどの一挙手一投足は、拍子木のもと手打ちにより行われる。(花園神社例大祭) 神輿の町会の引き継ぎは、役員により厳粛に行われる。(花園神社例大祭)
  
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