| 祭名称 |
北之幸谷の獅子舞 (二人立一匹獅子舞) |
神社名称
由 緒 |
産土神稲荷神社
社伝によれば、第95代花園天皇の御字、政夷大将軍守邦親王の近臣菅原正利が、時の執権北条高時と意合し官を辞し、北之幸谷へ来て一社を建立、稲荷大神を鎮祭したとされている。 |
| 祭 神 |
保食神 (うけもちのかみ) |
獅子舞の
由来など |
九十九里海岸まで車で約20分ほどの位置にある東金市北之幸谷は、昔は農村地帯で古くから五穀豊穣や悪疫退散などを祈る多くの神事が行われていた。しかし、だんだんと都会化するにしたがい、後継者の問題などによりそれらの慣習も薄れてきているのが実情のようである。
年3回行われるという獅子舞も、1回目の初午の日に行われる獅子舞では、昔は氏子地域を村廻りしていたが、現在では、神社の近くの1軒へ行くのみなどとだんだんと簡素化されているという。しかし、伝承技術が必要な獅子舞は、後継者の育成が難しく、全廃するところも多いが、九十九里地区には、まだまだ多くの獅子舞があり、引き続いて残していってもらいたいものである。
初午で奉納される獅子舞は、伊勢の太神楽の流れをくむ二人立一匹獅子舞で、起源などは不明という。千葉県指定無形民俗文化財。 |
| 開催日時 |
初午の日:悪魔払いのため、二人立一匹が神社拝殿で舞ったあと、神社から20〜30mにある民家で舞い、神社へ戻って舞う。(2006年見物)
秋の祭り・旧9月19日:二匹がはしご獅子舞を演ずる。
11月15日:紐解き児のいる家をまわり、悪魔を払う。
以前は、同日夜に境内に舞台を設け、獅子芸・村芝居・手踊りなどが行われたという。以前の獅子舞の舞方の衣装は、襦袢、軽袗(かるさん、袴の1種)姿で獅子頭を冠った。演目は「平神楽、大狂、四ッ足、玉釣、蛇狂、蛙狂、梯子登り、おそめ、岡崎、険の舞、鳥刺、和唐内」などがある。平神楽では幣束、神楽鈴を採物とする。また、面形には「おかめ、ひょっとこ、白狐、医者など」が保管されている。
楽器は、横笛、締太鼓、小鼓、大鼓、鉦、大胴で構成し、曲目は、篠笛、鎌倉などが伝わる。
芸能集団は、「本地獅子連中(旧称)」といい氏子地域の堀の内、宮ノ前の18才から34才までの長男とされていた。(出典:教育委員会の看板)
現在は、すくなくとも初午の日の催しは、11時頃から神社拝殿で獅子舞を奉納したあと、神社から20〜30mにある民家へ村廻りと称して舞い、神社へ戻ってまた舞う。演目は、幣束、神楽鈴を持つなどして4〜5曲で、3ヵ所各約15分。衣装は、獅子の舞方と囃子方とも普段着に祭半纏を羽織る人もいる。
民家では、本座敷の床の間に7段もある豪華な雛人形を飾り、神仏の掛軸を4幅掛け、仏壇に灯明を灯し、その前で6〜7人で宴会が行われていた。この宴会を「おびしゃ」と呼んでいる。この宴席に上がり込んで獅子舞が行われる。
獅子舞の参加者や準備に携わったひとたちも、獅子舞の奉納のあと、席を移し、おびしゃで年番の引き継ぎなどを行うという。弓矢で悪魔払うなどの「おびしゃ」は、70代と思われる人も昔から行われた覚えはないという。
参加者は、30〜40代は少なく、60〜70代が多いようであった。
また、秋祭りや11月15日に獅子舞(とくに梯子獅子舞)が行われるかについては、決まっていないようであった。
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| 場 所 |
千葉県東金市北之幸谷1081 稲荷神社 |
JR東金線東金駅下車−九十九里鉄道バス・片貝行−堀上下車−徒歩約5分 (1時間に1運行程度) |
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| 問い合わせ先 |
東金市教育委員会生涯学習課文化係 電話:0475−50−1187、商工観光課:0475−50−1142 |
| 参考資料 |
東金市教育委員会資料など |