| 祭りに囃子はなくてはならないものであり、囃子が祭りを何倍も楽しくしてくれるといっても過言ではない。一口に祭りの囃子といっても、屋台・山車囃子、舞殿や居囃子の囃子、神幸祭の囃子、獅子舞囃子などいろいろあり、また、同じ屋台・山車囃子でも多くの種類の囃子や曲目がある。 現在、三大囃子などといわれる囃子として、京都祇園囃子、葛西囃子・神田囃子・江戸囃子、佐原囃子(千葉)、花輪囃子(秋田)などとする例もあるが、極端には、祭りごと、屋台・山車ごと、連ごとにそれぞれ由緒と伝統があり、独特の旋律とリズムを持った囃子がつくられている。 したがって、各地の囃子を系統だってまとめることは難しいようであり、ましてや、囃子を聞き分ける力もなく、知識もなく、一つの楽器さえも演奏することができないものが祭囃子を云々するのはおこがましいが、主に関東地方の屋台・山車囃子について調べた結果を羅列する。また、囃子のページであるにもかかわらず、“音”なしであることをお許し頂きたい。 G屋台祭に参加する町内がそれぞれ囃子連を持っている祭りは、江戸囃子系、祇園囃子系などがあるにせよ、その町独特の祭囃子が醸成されたところが多い。一方、他の町などから囃子連に来て貰う祭りでは、その町独特の囃子は育たず、来て貰った連が持ち込む囃子が演奏されることが多く、連ごとにそれぞれ違う流派や系統の囃子が演奏されることが常である。 G過去には、いろいろな旋律・リズム・曲目の囃子が作られたのだろうが、今の流行歌などと同じように、自然淘汰され、聞いて楽しい囃子が残り広く広まり、今に伝承されているといえる。 G関東に笛のない屋台・山車囃子はなく、笛がミチビキと呼ばれる笛の合図で演奏を始める指導的な役目をしているため、笛の奏者は、囃子全体の盛り上がりを左右する重要な位置にある。 G楽譜(数字譜)は一部の曲にしかなく、口伝によるものが多いため、伝承者がいないと絶える。 G屋台・山車において、囃子を演奏する場所は、江戸時代初期の一本柱型山車では、1層目が広く囃子手がゆったりと乗れ、また、所作の踊り手も場所を確保できている。しかし、江戸時代後期に多い鉾台型になると、底抜け屋台とセットで引き回されたこともあり、上下する鉾の格納部分を確保するために、囃子座は狭くなり、大太鼓・締太鼓を最前部に置き、その後で所作が踊る。当時の絵を見る限りでは、太鼓を囃子座の横などに置いている山車は見あたらない。現在の江戸型山車などでは、とちぎ秋まつりのように、大太鼓・小太鼓を昔のように最前面に置いている山車もあるが、川越まつりや石岡のおまつりなど多くの山車は、大太鼓や締太鼓を山車の横などへ張り出して置き、最前部に所作の踊り手の場所を確保している。 舞台屋台は、もともとが囃子や踊りのための屋台であり、囃子座は広い。しかし、生まれが江戸型山車であった住吉神社青梅大祭の山車は、後部の楽屋が広いスペースを締めているため、囃子座が狭く、太鼓を外に張り出し軒先にぶら下げて立って演奏している。また、くらやみ祭の屋台は、大太鼓と締太鼓を囃子座の両脇へ置き、中央を広くあけて複数の所作の踊り手の場所として確保している。 鹿沼秋まつりの彫刻屋台は、屋台の全面が彫刻で飾られており、囃子手はその中で演奏し、前や左右の花頭窓などからその一部が見える程度であり、所作はない。秩父夜祭の笠鉾・屋台や高山祭の屋台も外から囃子手は見えない。 ・特筆すべき事例は、大宮氷川神社例大祭の山車である。大宮氷川神社例大祭の山車は、基本的な江戸型山車の囃子座の前へ、所作の踊り手専用の舞台を設けており、3人もの踊り手によるストーリ性(八雲神詠など)のある所作が演じられる。 G高山祭の一部では、囃子手が外から見えないことや町内の住人が減り囃子手がいなくなったことなどから、囃子をテープで流しているが、囃子は祭りを楽しくする重要な要素であり、残念なことである。 G東京の神輿の渡御では、先頭に大太鼓・締太鼓だけを載せ、笛・鉦や太鼓の演奏者は歩いて演奏する屋台が一般的であるが、中には乗用の屋台もある。また、神幸祭では、大太鼓だけでメロディーを奏でる笛などがないのが多いが、トラックに乗って神幸祭に随行する祭りもある。 |
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| ●京都祇園囃子 G由来:山鉾の上で演奏されるコンチキチンの祇園囃子は、能楽の影響を受け室町時代に成立し、江戸時代に今のように優雅な囃子になったといわれている。楽器は太鼓、笛、鉦で、囃子方は、山鉾により差があるが、鉦8、笛8、太鼓2で交代要員をいれると総勢約40人にもなる。 古くは、鉦はなく太鼓、笛などだけであったが、囃子の役目が山鉾は曲舞や羯鼓稚児の舞の伴奏的なものから、曳き山は演じ物の囃子から山鉾(神座として鉾、山)の進行を囃す役割と変わったため、音が大きく遠くまで聞こえ、賑やかな鉦中心の囃子となったといわれている。 G曲目:30曲近くあり、各山鉾に共通のものもあるが、一般には、各山鉾に独特の囃子が伝わっている。 |
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| ●関東地方の祇園祭の囃子 関東地方にも多い祇園祭では、祇園囃子と呼ばれる囃子が演奏される祭りが多いが、京都の山鉾で演奏されるコンチキチンの祇園囃子ではなく、江戸囃子系やさんてこ囃子系などの流れをくむその地方独特の囃子が多い。 |
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| ●和歌囃子・ばか囃子・江戸囃子 G由来:元禄時代の江戸は、100万の人口を持つ大都市であったが、妻子を国元へ残した参勤交代の武家や、出稼ぎ小商人や若い職人が多く、男性が女性の倍も住む人口的にアンバランスな都市であった。自然、遊里が栄え岡場所が増えた。遊里や岡場所などの花街が栄えると、近郊の農家の若者などにも遊ぶ者が増え、度が過ぎて身を滅ぼす者も出て、社会問題になってきた。 幕府の天領に置かれていた関東の郡代の旗本伊那氏は、支配地を治めるだけでなく、河川の改修や将軍のお供などもする多忙な職種であった。郡代伊奈忠宥は、農家の若者が堕落することを憂い、郡代役人に対策を指示した。役人は、趣味を持たせることが対策になると考え、京都囃子と同じような江戸独特の囃子をつくることにし、音曲に造詣の深い旗本・ご家人に創作を命じた。 担当者は、里神楽の調子を取り入れ、長唄の節の一部を加え、大太鼓、2個の締太鼓、篠笛そして鉦の5人で演奏する関東独特の明るい歯切れの良い調子を工夫した。 篠笛は当時としては新しい楽器で、横笛の一種である。横笛は単一音階であるが、篠笛は長さを変えることにより、一番低い音の一笨調子から、最も高い十二笨調子まで、半音違いで十二種類をつくり、三味線などの音の高さに合わせることができるようにした。ばか囃子には、五、または、六笨調子が使われる。 最初この囃子は、拍子の撥の打つ数が、和歌の文字数の五七五七七と同じであったことから和歌囃子と呼ばれた。その後、洒落好きの江戸人が、和歌と馬鹿の語呂が似ていることから、ばか囃子というようになった。 ばか囃子は、放蕩を防ぐ理由でつくられたが、その理由を隠し、享保年間葛西金町村の鎮守香取大明神の神主能勢環が作ったことにし、花街の一つの千住宿に近い葛西地区の各村毎に囃子の連中を作らせ、奨励した。娯楽の少ない当時、郡代の奨励でもあり、競って囃子の練習に励み、多くの連中ができ、鎮守の祭りで演奏された。その後も伊那郡代は町奉行などに頼み、山王権現、神田明神の天下祭にばか囃子を参加させた。囃子連中は、喜び勇んで更に技術を磨き、天下祭の山車は、ほとんど葛西囃子の連中が囃子を担当し、その後、江戸のおもな神社の祭りも葛西囃子の連中が頼まれるようになった。徳川時代は、葛西囃子の連中以外に連中をつくることが禁止されていたが、徳川幕府が崩壊し、明治時代になると葛西囃子連中だけでなく、各地に連中ができた。葛西囃子、神田囃子、佃囃子などの地名がついているのは、元々は同じ囃子からでたもので、それぞれ葛西囃子連中、神田囃子連中、佃囃子連中という。 G楽器:大太鼓、締太鼓2、篠笛、鉦。 G曲目:屋台、昇殿(昇伝)、鎌倉、四丁目、間物がある。 G屋台:威勢が良く切れのよい曲で、始めに演奏される。 屋台は、各地でいろいろな呼び方がされ同じ曲とされている。ヤテイ:神奈川県二宮町など、早(はや):東京都目黒・川崎市・小田原市など、江戸若:栃木県都賀郡など、江戸馬鹿:栃木県都賀郡など、新囃子:宇都宮市など、古囃子:埼玉県久喜市・蓮田市など、ひねっぱやし:埼玉県久喜市、蓮田市など、囃子:千葉県西北部・埼玉県羽生市など、とっぴき:茨城県水戸市など、新馬:茨城県石岡市など。 G昇殿・鎌倉:里神楽に同じ曲名があり、転化したものとされている。笛中心の静かな曲の鎌倉は、鳳輦や屋台の巡行時に、また、屋台拍子を変化させた賑やかな曲の「投げ合い」は、神輿の渡御時に演奏される。 G四丁目・間物:間物といわれる曲の間に入れる昇殿、きりん、亀戸、かいでん、羯鼓などの小曲が組み合わせて演奏されていたが、煩雑になることから、四丁目(しちょうめ)が作られ、現在は間物は演奏されない。 G切囃子:ばか囃子がつくられた当時は、これらの曲目を単一で繰り返し演奏する江戸囃子であったが、明治の始めに「 屋台→昇殿→鎌倉→四丁目→屋台 」の順番で繰り返し演奏する組曲になり、これを切囃子と呼んだ。現在の葛西囃子や神田囃子では、切囃子が演奏される。 (出典:八木幸男著 「江戸の祭り囃子考」 *48) |
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| ●埼玉県の祭囃子 祭囃子の種類は多いが、おおまかには秩父地方に伝わる秩父屋台囃子、群馬県に近い県北部の児玉・大里地方に伝わるさんてこ囃子、県北東部の北川辺町周辺に伝わる大杉囃子、県南部広い地域に伝わる江戸囃子の4種類の系統がある。 |
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G由来:威勢よく曳きまわされる屋台・笠鉾で演奏されるのが秩父屋台囃子で、400年の歴史があるという。演奏者は、笠鉾が20人前後、屋台が15人前後と多い。 G楽器:大太鼓(長胴太鼓、直径50〜60cm)、小太鼓(附締太鼓、2〜3)3〜4、鉦、笛(2〜3笨)。 G演奏舞台:笠鉾は床下の腰幕や腰支輪に囲まれた台輪の中、屋台は2段目後部の腰幕で囲まれた楽屋の中で演奏され、外から演奏者は見えない。 G奏法:秩父屋台囃子の特色は太鼓にあり、笠鉾・屋台を動かすときは「大太鼓」という大太鼓を中心に打ち鳴らす演奏、街角を廻るとき(ギリ廻し)は小太鼓のみの「玉入れ」という特殊な打法で演奏する。 G秩父屋台囃子は、心にしみる初冬の空に響く名囃子の一つである。 |
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| ●さんてこ囃子 G由来:上州系統の祭囃子で、江戸囃子などに比べると、のどかな感じを受けるゆったりとしたテンポ。 G楽器:大太鼓、小太鼓3、笛2〜3、鉦2〜3が標準的。鉦は、直径30cmの大きなもので手に持ちきれないため吊す。うちわ祭の鉦は、山車により2〜8個も付いており、保存会や町内により個数などに差がある。 G分布:さんてこ囃子系は、群馬県、埼玉県に広く分布している。具体例は、沼田祇園祭、藤岡市の祭囃子、高崎市の祭囃子、大間々祇園囃子 、伊勢崎市の屋台囃子、沖之郷祇園囃子(太田市) 、原市の鳥追い祭り(安中市)、籠原祇園祭囃子(熊谷市)、児玉町本町の祭囃子、行田市の祭囃子、本庄まつり、児玉の夏祭り(児玉町)、篭原祇園祭(熊谷市)、うちわ祭(熊谷市)、岡部祇園囃子(岡部町)、深谷まつりなど多い。 |
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| ●沼田囃子 G由来:さんてこ囃子系の最北端に位置し、締太鼓を高く調律して強弱を強調した伝統の奏法と、長尺太笛が中核になり、ゆっくりしたテンポで、気品に満ちた荘重典雅な囃子になっている。これは、沼田の花柳界の影響を受けたものと考えられている。 沼田祇園囃子保存会「祭吉連」が力を入れて伝承している。 G曲目:さんてこ、てけてっとん、吉原かんら、かごまわし、麒麟、夜神楽など。さんてこ系囃子の中にあって、他に例がない優雅な響きを湛えた曲が多い。 |
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| ●千葉県の祭囃子 千葉県の代表的な祭囃子の一つに佐原囃子があり、下総の国の東側、常陸の国の南側に分布している。佐原囃子の源流は、大杉囃子とも400年の昔の神楽囃子ともいわれている。 外房の九十九里地方は東金囃子、東京湾沿岸地方には、江戸時代に海運を通じて江戸との交流が盛んであり、江戸神田の囃子や浦安の踊りが伝わったのが起源とされる木更津囃子、中央部は市原市を中心とする大塚囃子、八日市場市の海岸地帯の祇園祭には長谷囃子が演奏される。また、八日市場市田町地区の八重垣神社の祇園祭には、海上郡飯岡町三川より伝承された三川囃子と呼ばれる道中囃子・権現が伝えられ、心弾む旋律の囃子である。東金囃子は、大胴、締太鼓、大皮、小鼓に三味線が入る独特の長唄風の粋な囃子で、曲目は、通り囃子、四丁目など数曲ある。 また、平久里地区には、囃子江戸囃子系といわれるへぐり囃子(平久里・平群)があり、千葉県鋸南町・千倉町などの南総はほとんどこの囃子であり、曲目は、さんぎり、馬鹿囃子、住吉、国調、祇園囃子、祇園くずし、須賀、亀山昇殿など多い。 佐倉市には、大拍子が加わった江戸・切囃子系とされる佐倉囃子があり、成田祇園祭など近隣へ応援に行っている。 その他、夷隅郡夷隅町の弥生囃子、夷隅町の産土神五社の国府台神楽囃子などがある。 千葉県無形文化財に指定されている囃子は、佐原囃子、木更津囃子、東金囃子、また、市の文化財に指定されている囃子は、君津市の祭囃子、佐倉囃子である。 |
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| ●佐原囃子(千葉県、千葉県指定無形民俗文化財) G由来:約400年前の天正年間(1573〜1592、安土・桃山時代)に、田楽、散楽(猿楽)、神輿囃子が元になり、享保年間(1716〜1736、江戸時代中期)に江戸文化の影響を受けて発達したといわれている。また、大杉囃子が源流との説もある。佐原は利根川の河岸にある河港の町として栄え、銚子から江戸への物資の中継地として繁昌した土地であり、江戸の影響も受けながら、曲目も多く周辺へ伝播していった。 伝承者は、代々農家の長男に限られていたが、現在は一般的に演奏されている。 G曲目 G役物:山車の引き出し時と引き仕舞時に演奏する囃子で、さんぎり(砂切・車切と書き、しゃぎりのなまったもの)、馬鹿囃子(御神楽の囃子の一つで神田囃子の影響を受けている)、花三番(“花”は、始めに意味)がある。 G段物:山車の巡行中・停止中に演奏する囃子で、巣ごもり、神田、さらし、吾妻、やおやなどがある。 G端物:山車の巡行中・停止中に演奏する囃子で、猫じゃ、数え唄、大漁節、あんば、吉野、剣ばやし、船頭小唄、佐原小唄などや俗曲、民謡、流行歌などがある。 G囃子連・楽器:下座連ともいい、大太鼓1、小太鼓1、大鼓1、小鼓4〜5、笛4〜5、鉦1で演奏される。 |
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| ●茨城県の祭囃子 茨城県の祭囃子では、大杉囃子、石岡囃子が有名であり、この囃子の影響を受けた囃子が茨城県の多くの祭りで演奏されている。 土浦の山車囃子は、自前の囃子連が少なく、多くの町内は他の町から来て貰っており、来て貰う連により、おおまかに石岡囃子系、江戸囃子系、新川囃子系、南區囃子系、六斗囃子系、獅子舞囃子の5種類があるとされる。 下館祇園祭の囃子は、にぎやかな葛西囃子と違い、大太鼓、タッパと呼ばれる桶胴太鼓、笛だけで演奏される、ゆっくりした太鼓の音と、哀愁をおびた笛の響きが独特である。1曲を4〜5分かかり、習得に時間を要し、伝承者も少ないという。 |
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| ●大杉囃子(あんば囃子)(茨城県) G由来:大杉信仰に伴う囃子で、茨城県稲敷郡桜川村阿波の大杉神社の祭礼において神輿や太鼓を担ぎながら村内を渡御するときに演奏された。大杉大明神を祭った神社がない地域では、八坂神社の祭礼に大杉囃子系が演奏される。 桜川村阿波にある大杉神社は、所在地の名から「あんばさま」の名で親しまれ、疫病、とくに疱瘡(天然痘)の治癒神として江戸時代初めから大杉信仰として広まった。中期には関東一円に信仰されるまでになり、分社も現代の茨城県各地のみならず関東にまで広がって創建された。 古く大杉神社には、軽快で激しい唄と踊りからなる「大杉囃子(あんば囃子)」があり、この囃子と踊りが各地へ熱狂的に広まり、大杉信仰の広がりとなっていった。あんばさまは、疫病から守ってくれる神であるとともに、航海の安全や漁業の神でもあった。現在、大杉神社では、例祭(10月第4土・日曜日)に奉納されている。国選択無形民俗文化財。 大杉囃子は、佐原囃子や潮来囃子などの源流とされている。 G楽器:大太鼓、小太鼓、鉦、笛、鼓(大皮・小皮)多数。 G曲目:ぶっきり、さんべんがえし、きりん、矢車、とりかぐら(通り神楽)など。 G分布:地域により@邑楽・下都賀系、A茨城1系、 B茨城2系、C猿島囃子系などがあり、埼玉県東北部、群馬県邑楽郡、栃木県南部、茨城県西南部、千葉県西北部に分布する。 |
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| ●石岡囃子(茨城県) ■山車囃子 G由来:石岡囃子は、稲吉の太神楽や出島のタイスケ囃子、江戸囃子の影響を受け、山車が出現した明治中旬以前に石岡近村に既にあったとされる。 G曲目:仁羽(にんば、祭礼で一番ポピュラーな曲で、ひょっとこ踊りに演奏される)、四丁目(江戸囃子のものとはテンポが違う、おかめ踊りに演奏される)、新馬鹿(しんば、神幸祭の祭行列を迎えると木や狐踊りに演奏される)、撒喜利(さんぎり、儀礼的な曲で、祭礼の最初の山車の出発時と最後の帰着時に演奏する。撒喜利は江戸系囃子にはないが、歌舞伎下座にシャギリがあり、また関東周辺部の祭礼囃子にも「シャギリ」「さんぎり」がある。祭囃子を「シャギリ」という地域もある。佐原囃子の砂切が最も有名。)。 G楽器:大太鼓(江戸囃子系の大胴)、小太鼓(ボルト締めの附締太鼓)2、笛、鉦の五人囃子が基本。大太鼓は通称「おおど」、小太鼓は通称「つけ」といわれる。山車には、進行方向左側に太鼓が置かれる。 G流派:三村流と染谷流があり、石岡周辺の部落の三村の三村囃子(石岡囃子三村流)、染谷の染谷囃子(石岡囃子染谷流)として伝承されてきたものが伝わっている。また、八郷町片野地区の片野排禍囃子、石岡市関川(関川村)の関川囃子、霞ヶ浦町成井(成井村)の成井囃子などが石岡囃子とは別に古くから伝承されている。 G囃子連:山車の囃子は、昔は三村、染谷、片野などから来て貰っていたが、現在は各町会で囃子連がある。 G分布:石岡囃子と同系統の囃子は、石岡市、土浦市、八郷町、新治村、千代田町、霞ヶ浦町、玉造町、美野里町、茨城町、岩間町、真壁町、水戸市、日立市などに広く分布し、三村流か染谷流が主流。 ■獅子舞囃子 (幌獅子の囃子) G楽器:大太鼓、小太鼓(主流は縄締めの附締太鼓、ボルト締太鼓など)2〜3、笛0〜2、鉦0〜1。 G曲目:昇殿の舞(土橋町だけに許された格式高い舞の曲で、神前や門付けなどの時に演奏する)、獅子舞(乱舞)(通常囃す曲で、石岡全般で演奏される) G分布:幌獅子が出る石岡高浜、美野里町、千代田町、小川町、玉造町、岩間町、土浦市などの獅子舞で演奏される。 ■ささら囃子(富田町三匹獅子舞ささらの囃子) G楽器:大太鼓、笛1〜3。 G曲目:通り(ささらが移動中の囃子。太鼓の音とともに、ささらが素早く一回転する)、三匹の舞(神前や門付け等での舞で、獅子が三匹同時に左右へ大きく揺れる) |
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| ●その他の地区の祭囃子 上記以外に関東地方では、川崎市近郊の目黒囃子系、神田囃子の古いタイプの一種で、鎌倉市・逗子市・藤沢市・平塚市・二宮町などで演奏される鎌倉囃子などがある。また、品川あたりには、神輿の渡御時の囃子で、大拍子と呼ばれる締太鼓とトンビといわれる篠笛により演奏される品川拍子がある。 全国的に数え切れない系統や流派の囃子があり、調べ切れていない。 |
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| ●花輪囃子 元久元年(1204年)の創建と伝えられる産土神を奉る幸稲荷神社(さきわい)の祭礼囃子として伝承され、祭礼に出る屋台で演奏され「日本一の祭り囃子」といわれている。 囃子は、平安末期井ごろ京都から当地に来た貴人の笛の曲に、後から摺り鉦、太鼓、三味線がついて祭囃子になったとされる。 曲目は、本囃子、祇園、二本滝、霧ばやし、宇現響、羯鼓などがあり、江戸時代中期から幕末にかけて作曲されたとされる追込、不二田、矢車、シャギリ、また、幕末頃、流行の演芸ばやしをとり入れて編曲した拳ばやし、吉原格子など多い。 屋台での演奏は、中太鼓2、打太鼓8、笛3、三味線2、摺り鉦で構成され、屋台以外での演奏は多少構成が変わる。秋田県指定無形民俗文化財。 |
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