縁 日
 縁日は、平安時代からあった。会日ともいい、会日の訛り、つまり恒例的に催される仏会の日(地蔵講など)が本来であり、特別に霊験あらたかな神仏が現れ、この世に縁をもつ「有縁(うえん)の日」とされ、特定の神仏と人々が縁を結ぶ「結縁(けちえん)の日」でもある。
 寺院では、神仏の降誕・示現・誓願・社堂創建などのゆかりのある日を選んで、祭典・供養が行われる日であり、この日に参詣して神仏を念ずれば、普段にまさるご加護があると一般に信じられており、市販の運勢暦にも多く記載されている。
 もともと縁日は、神仏の縁起伝説によるものや、さらに忌み日をあてたもの(元三大師など)、単に十二支・六十干支によって示し、数で日を示さないもの(大黒天や弁財天など)などがあり、年一回であったが、参詣人の増加につれて月ごととなり、さらに鬼子母神のように、各月の八日・十八日・二十八日となった例もある。
 関西では、その前夜を縁日と呼ぶ習慣があるが、関東では一般にその当日をいい、近世では庶民の息抜き、レクリエーションの場にもなり、境内にはさまざまな市が立ち、露店も出て、見世物小屋が並び、人々に親しまれてきた。
神  仏 縁  日 解   説
観音さま・観音菩薩
 四万六千日
毎月18日
浅草・浅草寺・二尊仏の観音菩薩
 1月18日が初観音、毎月18日が縁日で人々が参詣する。観音さまの縁日は、観音講に由来するといれれ、京都清水寺の清水講は特に有名である。
 近年では、1月1日に参るのを「初観音」と呼ぶ風もあり、この日参ると100日分の功徳があるといわれる。また、7月10日は千日詣(四万六千日)と称し、この日に参詣すれば特別な功徳があるといわれる。
 観音さまは、この世の人々の声(音)を見極め(観)、自在に救うとされ、仏(如来)の資格があるのに、悩み苦しむ人々を救い、仏の道へ導くために菩薩にとどまって手を差し延べているとされる。広大無辺の慈悲の心を持ち、その名を唱えるだけで救われるという。勢至菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍である。
 浅草浅草寺、清水寺、鎌倉・長谷観音が名高い。浅草浅草寺の境内には、本尊の観音菩薩以外に右に示すような個人が奉納したものなど多くの観音菩薩像がある。
お地蔵さま
 地蔵菩薩
毎月24日
浅草・浅草寺・戦災供養地蔵尊
 「お地蔵さま」「お地蔵さん」と親しみを込めて呼ばれる地蔵菩薩、1月24日が「初地蔵」、毎月24日が縁日。また、7月24日は地蔵盆が行われ、特に京都が名高い(現在は、8月22日〜24日)。
 縁日の地蔵もまた地蔵講に由来するといわれる。地蔵講は地蔵菩薩の功徳を講讃する法会。
 地蔵菩薩は、釈迦の入滅から次の仏になるとされる鉢勤登口薩が現れるまでの五六億七千万年の間、この世に現れ、仏に代わって衆生を救うといわれている。特に子供を救うと信じられ、「子安地蔵」「子育て地蔵」などと信仰を集めてきた。
 お地蔵さまの縁日としては、東京・巣鴨のとげぬき地蔵(1月24日が大祭)、大阪の入尾地蔵、京都の壬生寺などがよく知られている。
 日本では、多くあごひげや髪の毛を剃り落とし、袈裟を着た形相円満な像を石で刻み、左手に宝珠、右手に錫杖を持つ姿が一般的である。全国各地に、この石像を路傍にたて、香花を供えて祀る風習が残っている。
 お地蔵さまに参詣すると地蔵の十福といって、女人泰産・身根具足・衆病疾除・寿命長遠・聡明知慧・財宝盈益・衆人愛敬・穀物成熟・神明加護・証大菩提の十の福徳が得られるといわれる。
お不動さま
 不動尊(不動明王)
毎月28日
浅草・浅草寺・影向堂の不動明王
 密教系の寺や修験道で、「お不動さま」と親しまれる不動尊(不動明王)の縁日は、 毎月28日、1月28日は「初不動」。
 不動明王は大日如来の化身で、いっさいの悪魔・煩悩を降伏させんがために、念怒の相を化現したといわれる。五大明王の主尊である。
 堅固で不動の菩提心の威力によって、種々の煩悩・障害を焼き払い、悪魔や迷いのすべてを抑さえ静め、菩提を成就させ、長寿を得させるといわれ、如来の使者として真言行者の護持にあたる。
 像は、色黒き顔は怒りの相を現し、目を怒らせ、両牙を嗅み、右手に降魔の剣を、左手に縛のなわ(零索)を持ち、火炎光背を背にして、岩石の上に座る姿である。
 不動尊の縁日を毎月の1日・15日・28日とするところもある。初不動で焚く護摩を初護摩という。
 成田山不動尊、高幡不動尊、延暦寺明王堂、東京五色不動尊(目黒・目白・目黄・目赤・目青)、深川不動専などが名高い。
お大師さま
 弘法大師
毎月21日  大師の称号を持つ人は多いが、単に「お大師さま」といえば弘法大師・空海をいう。忌日の3月21日に、真言宗の各寺院では「御影供(みくえ)」といわれる法会が行われる。縁日は、毎月21日。特に1月の「初大師」には参詣者が多い。
 西新井大師、川崎大師、京都・東寺、御室仁和寺などが有名。
お薬師さん
 薬師如来
毎月
8・12日
「お薬師さん」と呼ばれる薬師如来の縁日は毎月8日と12日。特に1月8日の「初薬師」は多くの参詣者で賑わう。また、これとは別に、1月1日にお参りすると三千日の功徳があるといわれている。縁日の薬師は、薬師講に由来するといわれ、薬師如来の徳を講讃する法会で、薬師経を百座に分けて講説・讃歎する。
 薬師如釆は、正式には薬師瑠璃光如来といい、薬師(医者の意)の名が示すように、病気を治して安楽を与えてくれるなど鹿伽朴野の仏として、民衆の信仰を集めてきた。
 奈良の薬師寺、法隆寺、京都の醍護寺などが知られている。
鬼子母神 毎月
8・18・28日
 安産や子育ての神として庶民の信仰を集める鬼子母神(きしもじん)の縁日は、毎月8日、18日、28日。
 鬼子母神は、もともと鬼神の妻で、千とも一万ともいわれる多くの子をもちながら、他人の子をさらって食べていたが、釈迦に諭されて悔い改め、人々の子を守っていくことを誓ったという。日蓮宗では法華経の信者を守る守護神として尊崇される。
 東京の雑司ケ谷、入谷、千葉の中山などの鬼子母神が特によく知られ、縁日も賑やかである。
 像は、端麗にして天衣瓔珞をつけ、子供一人を懐に抱いて、右手に吉祥果(ざくろ)を持つ。ざくろは人肉に似た味がするという。
閻魔さま
 閻魔王・閻魔大王(閻魔の敬称)
毎月16日
千住勝専寺の閻魔
千住勝専寺の閻魔
1月と7月の15〜16日にご開帳
 閻魔は、地獄に堕ちる人間の生前の善悪を審判・懲罰するという地獄の主神、冥界の総司。地蔵菩薩の化身ともいう。像容は、冠・道服を着けて忿怒の相をなす。もとインドのヴェーダ神話に見える神で、最初の死者として天上の楽土に住して祖霊を支配し、後に下界を支配する死の神、地獄の王となった。地蔵信仰などと共に中国に伝わって道教と習合し、十王の一つとなる。
 特に、旧暦1月・7月の16日を「閻魔王の斎日」といい、この日は、地獄の獄卒も仕事を休み、地獄の釜の蓋もゆるむ日といわれ、亡者たちも責苦を免れ骨休みになるとされた。奉公人の薮入りの日にもあたったので、人々が多く閻魔詣に行った。1月16日は「初閣魔」で多くの参拝者でにぎわう。
エンマは梵語で、「手綱」「抑制」「禁止」などの意味があるという。
 閻魔大王は人類最初の死者であるところから冥界の王、特に地獄の王として畏敬される。インド神話では、もともと天界で人間の善悪を監視する神であったが、のちに死後の世界の支配神と考えられるようになった。地獄に住み、18の将官と八万の獄卒を従え、閣魔の庁において死者の生前の行いを審判して賞罰を与えるといわれる。
 像は、もとは普通の仏像に似て、左手に人頭を付けた幢を持ち、水牛に乗った図であったが、後世に、中国風の衣服を着た、恐ろしい顔のものになつた。
 この日、寺院では、参詣者に閻魔堂を開帳し、地獄変相図や十王図などを拝観させるところが多い。
歓喜天(聖天)
  (かんぎてん)
毎月
1・16日
 大聖自在歓喜天の略で、仏教守護神の一つ。もとヒンドゥー教のシバ神の異称で、のち仏教に帰依したとされる神。
 像は、象頭人身で単身と双身の像があり、単身のものは、二臂・四臂・六臂などの別があって、刀・杵などを持ち、双身のものは一つは男天で魔王、一つは女天で十一面観音の化身といい、男女和合の姿につくられる。
治病・除難・夫婦和合・子宝などの功徳があるとされる。
 「初聖天」は1月16日。特に、奈良県生駒の聖天が有名。聖天供は、聖天を本尊として、障害を除き、また富貴などのことを祈る修法。歓喜天供ともいう。
妙見さま 毎月
1・15日
 特に1月1日の初詣を「初妙見」といって重んじる。
 縁日の妙見は妙見講に由来するという。妙見講は妙見菩薩を信仰する日蓮宗徒の講。
 妙見菩薩は、北斗七星を神格化した菩薩で、国土を守護し災害を減除し、貧窮を救い、いっさいの緒願を叶えるという。特に眼病の治癒を祈る修法(妙見法、北斗法)の本尊となっている。
 像は、二臂・四臂で雲に乗る姿で主に日蓮宗で祭られる。
金比羅
金毘羅
毎月10日 1月10日は、「初金比羅」で参詣者が多い。12月10日で「終金毘羅」となる。
 金毘羅は、天竺霊鷲山の鬼神で、薬師十二神将の一つである宮毘羅大将ともいわれる。仏法の守護神、夜叉神王の上首で、その像は武装し怠怒の姿をとるが、魚神で蛇の形をし、尾に宝玉を蔵するという。
 海上の守護神として祀られ、船人が最も崇敬する神となった。この神を祀る香川県琴平の金毘羅宮、東京港区・虎の門の琴平神社などが知名。琴平の金刀比羅宮では、10月9日から11日まで金毘羅祭り行われる。。江戸時代後期は、伊勢参りとともに金毘羅参りが盛んであった。
愛宕 毎月24日  1月24日は、「初愛宕」で特ににぎわう。旧暦6月24日は愛宕の千日詣で、この日に参詣すれば平日の千度にあたるとされる。
 愛宕参りは、京都市愛宕山上にある愛宕権現に参詣することをいい、愛宕権現は雷神を祀り、防火の守護神として有名である。全国の愛宕社の根本社となっている。
 愛宕神社の祭神は、埴山姫命、伊邪那岐命など。「火廼要慎(ひのようじん)」と書かれた護符をいただき、参詣の帰りに買う愛宕ちまきは包みの笹が大きく、中身が小さい。京都の人は「愛宕さん」ともいい、「伊勢ヘ七たび熊野へ三度、愛宕さんへは月参り」とうたわれて強い信仰をあつめた。
虚空蔵菩薩 毎月13日
浅草・浅草寺・影向堂の虚空蔵菩薩
 1月13日は「初虚空蔵」。特に4月13日の、京都嵯峨野の法輪寺の虚空蔵に参詣する「十三参り」が有名。この日、13歳の少年少女が盛装して参拝し、13品の菓子を買って虚空蔵に供え、そのあとに家に持ち帰り、家中の者に食べさせる風習が残っている。
 虚空蔵菩薩の名は、知恵・福徳・音声を授けること広大無辺であり、あたかも虚空がすべての物を包蔵するようであることに由来するという。虚空とは、大空・空間のこと。
 像は、蓮華座に座り、頭に五仏の宝冠をいただき、容貌端正で、身に瓔珞をつけ、右に剣を、左に宝珠のついた蓮華を持つ。
 京都嵐山の法輪寺、福島県柳津の円蔵寺、茨城県東海村の日光寺を日本の三虚空蔵とされている。
水天 毎月5日
または
1・5・15日
 水天は十二天・八方天の一つ。水をつかさどる竜神で、また密教では、西方を守護する神。
 像は羂索を執り、冠の上に五竜を頂き、亀の背に乗って水中にある姿などがある。右手に剣を執るものもある。
 福岡県久留米市の水天宮は、総本宮で、安徳天皇と建礼門院を祀る。安徳天皇が平家の一族とともに壇ノ浦に入水したことに由来する。祭神は、水をつかさどり、旱天・洪水の難を守るという水徳の神で、船人の守護神として信仰が篤い。安産・水難除けのご利益もあるという。
 東京日本橋・水天宮は、水難除け・安産・水商売の守り神として有名。
元三大師 1月3日
芝山不動尊の元三大師像
 天台宗の縁日。元三大師は天台宗の高僧・良源の通称で、正式な諡は、慈慧大師。焼失した延暦寺を再建した、比叡山中興の祖。
 縁日の名は、寛和元年(985)1月3日に良源が入寂したことに由来する。元三とはもともと1月1日、または正月三が日をいう言葉。
 元三大師が、災疫を祓うために、自ら夜叉の姿になり、それを鏡に映して、自分の影像を置く所には、必ずや悪鬼・災疫がなくなるであろうと誓ったという故事から、その影像の札を正月の門戸に貼るようになった。また元三大師は魔除けの護符のこともいう。
天神
(てんじん、てんしん)
毎月25日  菅原道真の命日にあたる旧暦2月25日を天神講(天神祭)と称して祀り、江戸時代には寺子屋や子供組などでも行われた。
 1月25日は「初天神」、12月25日は「終い天神」。また、24日を「宵天神」、26日を「残り天神」という。
 境内では、梅の造花をつけた枝に小判などをつるした縁起物などが売られる。
 天神は字義どおり天の神、あまつかみで天変地異を支配する神が天神とされ、雷電鳴動はその神威であると考えられていた。
 非業の死を遂げた人の怨霊が天に響いて雷電を起こすと考えられ、この天神と御霊神が結びつき、菅原道真の代名詞となった。
 菅原道真は左大臣藤原時平のねたみを受けて大事権帥に左遷され、九州でわびしく没したが、まもなく京都で雷電、天変地異がしきりに起こった。人々は道真公の崇りであるといって恐れ、朝廷も慰霊にカを尽くした。以後、道真を火雷天神とする信仰が起こり、道真が生前すぐれた学者であったことから、天神はいつしか文道の大祖として祀られるようになった。天神は菅原道真の神号でもあり、道真を祭神とする天満宮をいう。後に京都に北野天神が創建されたことに由来する。道真は学問の神様としても有名。
毘沙門天 1・5・9月
第一寅の日
 1月の初寅が重んじられる。京都の鞍馬初寅詣が有名。
 毘沙門天は四天王・十二天の一つ。多聞天ともいう。また七福神の一つとしても有名。
 須弥山の中腹で、北方世界を守護するという。多くの夜叉・羅刹を統率するとともに仏法の守護、福徳を授ける善神でもある。
 像は、念怒の相の武神形で、甲胃を着け、右手に宝塔を捧げ、左手に宝棒また戟を持つ。常に仏の道場を守って説法を聞くといわれ、そこから多聞天とも称する。四天王を並べていう場合には、普通、多聞天の名称を使う。
摩利支天 毎月
亥の日
 1月は、「初亥」をして賑わう。
 摩利支天は、日光(陽炎)を神格化したもので、日天に属し、国家と国民を守る女神。日に仕え、常にその身を隠して障礙を除き、利益を与えるという。時に、菩薩と称す。
 武勇の神として祀られ、日本では、中世に武士の守り本専として信仰をあつめ、護身・隠身・遠行・得財・勝利にご利益があるという。
 像は、八あるいは三面六臂で、金剛猪身に乗る天神像などで表される。猪の上に立っている姿などから、亥の日が縁日となった。
 現在では、芸者・相場師などの信仰を集めている。特に、京都建仁寺の禅居庵裏の摩利支天、東京上野広小路・徳大寺摩利支天が有名。
大黒天 甲子の日
(年に六回)
神田神社境内の大黒像
 11月、1月の甲子を重んじる。1月は、「初大黒」「初甲子」といい、各地の黒天堂が賑わう。
 大黒天は、密教で昆盧遮那の化身といいい、仏教の守護神。
 七福神の一つで、福徳や財宝を与える神とされる。その姿は、狩衣のような服を着て頭巾をかぶり、左手に背負った袋の口を握り、右手に打出の小槌を持ち、米俵を踏まえる。大黒が大国に通じるところから、日本の大国主命と混同され、民間信仰に浸透した。大国主命が鼠に救われた神話から甲子の日に祭るようになった。この日には、二股大根(嫁大根ともいう)・小豆飯・黒豆を供える風習がある。「恵比須」とともに台所などに祀られ、一般に広く信仰されている。田の神を大黒天とする所もある。
弁財天
 妙音天・美音天・弁天

己巳の日
石岡のおまつり:金丸町山車の弁財天人形
 1月最初の巳の日の「初巳」(初弁天)を重んじる。この日、米銭を紙に包んで封じておくと金運に恵まれるといわれる。
 弁財天は本来、インドの神の一つで、聖河を神格化した農業神であった。のち、音楽・弁才の神となり、その後仏教において、福智・延寿・除災・得勝をつかさどる福徳神として、広く民衆の信仰をあつめるようになった。
 像は、宝冠をかぶり、青衣の美しい女神で、左手に弓・刀・斧・羂索を、右手に箭・三鈷戟・独鈷杵・輪を持つものもあり、琵琶を弾ずるという。
 吉祥天とともに、インドで最も尊崇された女神であるが、後世、吉祥天と混同され、また穀物の神である宇賀神とも同一視され、福徳・知恵・財宝賦与の神として弁財天と称された。七福神の一つ。
 安芸の宮島、大和の天の川、近江の竹生島、江ノ島、陸前の金華山を五弁天とされる。
  
参考資料
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