屋台は平坦な場所だけでなく、勾配のある所でも引かれる。成田祗園祭では勾配が13〜14°もある市街地の長い坂道や新勝寺境内への坂を上り下りしなければならないし、渋川山車まつりでは伊香保温泉へ通じる渋川松井田線の市街地を望む急な坂道のほぼ坂上にある渋川八幡宮へ引かれる。とくに関東では、このような坂道での安全確保だけでなく、平坦路でも一気駆け曳きなど小走りで屋台を曳く場合により安全をはかるためにブレーキを付けた屋台が多い。
 そこでこのページでは、屋台の制動能力(ブレーキ性能)を考える。
長い梃子棒でブレーキをかける佐原の大祭の山車 職方が長いバールで車輪をこじって向きを変えたり、ブレーキをかける川越まつりの山車
ブレーキを付けない山車ももちろん多く、左絵は、山車の左右の「梃棒懸り(係)」が車輪とだい栓の間に入れた4〜5mもある梃子棒を左・右別々に路面に接触させてブレーキをかけて右・左に曲がったり、また、左右同時に接触させてブレーキをかける佐原の大祭の山車。
また、右絵の川越まつりの山車は、バールで車輪をこじったり・止めたりして左右へ小曲りしたり、緊急の場合などにブレーキをかける。
山車後部のレバーでブレーキをかける成田祗園祭の山車。この構造が多い 運転者の横でブレーキをかけるうちわ祭の山車
ブレーキを付けた山車は、自動車などに見られる油圧や空気圧で操作力を軽くする倍力装置は付いてなく、人力のみでブレーキをかける。
操作は、絵のように屋台の後部のバー(T 型バーが多い)を押し下げてブレーキをかける方式が多い。
梶を取る人(青い鯉口シャツの人)の横にブレーキをかける人(白い鯉口シャツの人)がブレーキレバーを持って歩くうちわ祭の山車。梶を取る人は、珍しく三輪車のように山車に乗って運転し、ブレーキの係と連携を取りながら、車輪を真横に向けてその場旋回や小回りで狭い場所へ山車を並べることもできる。
また、ブレーキも山車には珍しい車軸のドラムを絞めるバンドブレーキ(裏絵の矢印)。
丸ハンドルでブレーキをかける渋川山車まつりの山車 自動車の運転席を持ってきたような土浦キララまつりの山車
ブレーキ用の丸ハンドルを人形や枠を上下する丸ハンドルと一緒に後部に並べて配置した渋川山車まつりの山車。 自動車の運転席を持ってきて付けた土浦キララまつりの山車。
大きなシュー(ライニングの面積の広い)の屋台のブレーキ 小さなシュー(ライニングの面積の狭い)の屋台のブレーキ
ブレーキの構造は、前出の車軸に付けたドラムを絞めるバンドブレーキもあるが例外的で、大多数は車輪の外径をシューで押さえるブレーキである。
このブレーキのシューは、上左絵のように車輪のほとんど半周ほどもあるものや右絵のように単に棒で押さえるブレーキ(駐車ブレーキ的に使用、裏絵はブレーキ用丸ハンドル)などいろいろあるが、大きめのシューが多い。シューが車輪に1個(左絵)しか付いていないのものもあるが、2個(右絵、1台で4個)付けたものは、構造的に複雑になるが、車軸への負荷を減らすことができる。
 屋台のブレーキの構造として多い、ブレーキレバーで車輪の外径を2個(左右で計4個)のシューで押さえてブレーキをかける「複ブロックブレーキ」について制動能力を検討する。
 下記図1の「複ブロックブレーキ」は、左右の車輪の片側についてのもので、ブレーキレバー・ロッド・アジャスタブルロッドA・リンクA・シュー(アジャスタブルロッドB・リンクBは、2個目のシュー用)で構成され、ブレーキレバーの左先端を下方へ押してブレーキをかける。図1は、構造的制約を無視してわかりやすく書いている。

 制動能力は、ブレーキレバーを押す力により、シューが車輪を押しつける力 P と、ライニングと車輪外周の間の摩擦係数 μ で決まる。
ブレーキシステム例
 ここで求めたいのは、必要な制動能力と、それを達成するための構成部品の大きさ、すなわち、a2・b・c・d の長さである。計算に必要な条件や係数などや途中経過は下方に記すことにし、結論を記す。
 まず、必要な制動能力は、「 ブレーキレバーにかけた力 F2 で車輪がスリップする 」とする。これを式にすると次式になる。
ブレーキシステム例
 ここで1例として、下表1のような設定のブレーキについて、長さ a2・b・c・d を求めると次のようになる。計算結果、リンク比は 9.8 となる。これを 10 としたときのリンク比は a=125cm、b=25、c=40、d=20 となる。これら a・b・c・d は、組み合わせで構造的制約などから合計 10 になるようにすればよい。
 表 1
記 号 意 味 条 件・説 明 数 値
=F レバーを押す最大力 (kgf) 最大日本人の成人男性平均体重とする 65
ブレーキレバーの有効長さ (cm) 125
リンクBとシュート車輪とのオフセット (cm) シューが2個なのでキャンセル
μ ライニングと車輪間の滑り摩擦係数 ゴム〜鉄(鋼) 0.7
μ 車輪と路面間の滑り摩擦係数 鉄輪〜アスファルト(乾燥路) 0.2
ブレーキが付いた軸の軸重 (kgf) 坂道のない場所 2,000
ηe ブレーキ系統の機械効率 厳密には、ブレーキ系統の構造によるがアバウト 90%(0.9)
ブレーキシステム例
ブレーキシステム例
 以上を下図2に示す。この方法で各屋台の構造からμ・μ・Wなどの数値を設定して計算すればよい。
 特記事項
@ シューと車輪の隙間を引きずらない程度に適当に保つために、レバーなどにストッパーとリターンスプリングを付け、また、隙間を調節するために、左右それぞれ2個計4個のシューのそれぞれへのロッドをターンバックルなどの長さを調節できるものにする。4個のシューの隙間が均等になっていないと、片方のシューを引きずったり、十分な制動力が得られない。4個のシューへ均等に自動的に力が伝わるような構造は考えられるがより複雑になるため、年1度、祭りが始まる前に隙間を調整するほうが得策である。
A リンク系の部材の強度は、剛性も考慮して、F2=65kgで鋼材は降伏点、降伏点のない材料は引張強さに対し安全率をそれぞれ3〜5程度にとる。
B シューが1個の場合は、車軸にかかる荷重は、ブレーキ時には軸重の約1.4倍(上記設定の場合)になるため、構造的には複雑になるが向かい合う位置に2個とするのが望ましい。制動力が増えることはない。
B ライニングの面積は、許容面圧の1.2〜1.5で設定する。理論的に、ライニングの面積が大きくても制動力が増えることはないので、ライニングの面積は、ライニングの許容面圧と耐久性で決めればよい。鋼では、面積比の約7乗で摩耗量が減るとされており、どんなライニングでもむやみに面積を大きくする必要はない。面圧は、下の式の P をシューの数(この例では4個)とシューの面積で割って算出する。
また、シューの形状は、細長いものはブレーキ時に変形し端部が有効に利かないため、富士山型にして十分な剛性を持たせる。
C 重量の測定は、過積載の取り締まりなどに使われている「マット重量計・マットスケール」などと呼ばれる可搬式のものでも計れる。重量は、車軸の強度などいろいろな場合に必要であり、一度、全重・軸重を計っておくことが望ましい。
D 制動力が大きすぎても、少しの力 F2 でロックし、制動力が減り、また、路面状態によっては、あらぬ方向を向いてしまうことがあるため、上記設定が必要十分条件であろう。
しかし、体重のある人などではロックする可能性があるため、「ブレーキは、急激にかけない」などをコーション・プレートで表示するのが望ましい。
自動車では、ロックすると制動力が減るため、制動力を有効に働かすために ABS(Antilock Breke System)が付いており、ブレーキがロックしないようになっている。
 計算経過
 図 1 の各記号は次表のとおりで、具体的な計算に使う数値を付記した。しかし、これらの数値は、例えば、屋台の重量(軸重)一つ取ってみても、重量を計量している屋台は非常に少ないであろうし、まして、μ・μなどの係数は、ライニングなどの材料も様々でわかっているものは、非常に少ないのが実情である。したがってこれらの数値は、いろいろな資料から類推したものであることをご了承いただきたい。
 オレンジ色のピンは、台輪への固定支点である。
 表 2
記 号 意 味 条 件・説 明 数 値
=F レバーを押す最大力 (kgf) 最大日本人の成人男性平均体重とする 65
ブレーキレバーの長さ (cm)
ブレーキレバーの有効長さ (cm)
ブレーキレバーと一体の腕の長さ (cm)
リンクAの腕の長さ (cm)
リンクAの別腕の長さ (cm)
リンクBの腕の長さ (cm)
リンクBの別腕の長さ (cm)
リンクBとシュート車輪とのオフセット (cm) g=0 に設定すれば、前後進で P は変わらない。
また、シューを下記例のような配置で2個付ければ、gにより発生する力はキャンセルされる
車輪半径 (cm)
μ ライニングと車輪間の静止摩擦係数 ゴム〜鉄(鋼) 0.6〜0.8
鉄(鋳鉄)〜鉄(鋼) 0.1〜0.2
木〜鉄(鋼) 0.15〜0.25
ゴム〜木(乾燥) 0.6〜0.7
ゴム〜木(湿潤) 0.7〜0.8
木〜木 0.2
2輪車用ライニング〜鉄(鋼) 0.4〜0.6
市販のライニング 市販品の値
μ 車輪と路面間の静止摩擦係数 鉄輪〜アスファルト(乾燥路)
この組み合わせは他に例がなく管理人の推定値
0.2
木輪〜アスファルト(乾燥路)
この組み合わせは他に例がなく管理人の推定値
0.25
ゴム〜アスファルト(乾燥路) 0.5〜0.8
シューが車輪を押す力 (kgf)
BP 制動力 (kgf) シューの車輪を押す力 P による車輪を止めようとする力
BT 制動トルク (cm−kgf) 制動力で軸の回転を止めようとするトルク
ブレーキが付いた軸の軸重 (kgf) 坂道のない場所 W
坂道では、勾配により重心移動により変わるが、アバウト+10%とする 1.1W
WP 被制動力 (kgf) ブレーキロック時に、車輪を引きずるときの軸重による抵抗力
WT 被制動トルク (cm−kgf) 被制動力のトルク
ηe ブレーキ系統の機械効率 厳密には、ブレーキ系統の構造によるがアバウト 90%(0.9)
ライニングの許容面圧 (kgf/cm2)
(ライニングが異常摩耗しないための P による最大面圧)
ゴム(タイヤ同等品)
鋳鉄 10
2〜3
市販のライニング 市販品の値
 ブレーキ能力を算出する。まず、ブレーキレバーにかける力は、レバーを F の方向へ押せば効率がよいが、体重をかけて押すことができる垂直方向 F で計算するのがよい。
 この F
によりリンクを介して発生するシューが車輪を押す力 P は、下記の式で求められる。この場合、レバーやリンクは操作により回転し、それに伴い a2などは変化するが、シューと車輪の隙間をシューを引きずらない程度に最小に保てば、各リンクの動きは少なく誤差範囲と考えてよい。
 この式で「±μ
×」項は、前後進により±が変わるが、この例は「複ブロックブレーキ」なので2個のシューで相殺されて考慮する必要はなく、右式のようになる。
 この P にシューと車輪の間の摩擦係数 μ をかけると車輪を止めようとする制動力 BP になる。
 これに車輪の半径 r をかければ制動トルク BT になる。車輪外径と径の違うドラムブレーキなどでは制動トルクを使うが、この例の場合には制動トルクを求める必要はないし、 P ・ BP なども求める必要はない。
 ここで求めたいのは、必要な制動能力 P を得ることができるアームやリンクの腕の長さ a・b・c・d である。
 自動車など公道を走る車のサービスブレーキ(フットブレーキ)の制動能力は、道路運送車両法による保安基準や車輪式機械のブレーキ性能を定めたISO3450、安全衛生法による構造規格などで、いずれも、ブレーキをかけたときの「停止距離」がきめられており、それに見合う制動能力を持たせることになる。
 一方、屋台は、一部にだんじり祭や安房国司祭やわたんまちに見られるように駆けて引く例もあるが、一般的には、最大せいぜい小走り程度であり、自動車などと同一に考えることはできない。
 そこで、屋台では、「制動能力=車輪スリップ」としたらいいのではないかと思う。この車輪スリップとは、ブレーキをかけたときブレーキがロックし、車輪がスリップする状態をいい、車輪スリップ力 WT 、および、その力による車軸を回そうとするトルク WT は、次の式で求められる。
 この場合、屋台にはサスペンションなどは付いていないので、平坦路面では、ブレーキをかけたときの軸重Wの変化はないと考えてよいが、坂道では重心の移動による軸重の変化があり考慮する必要がある。
 この「制動能力=車輪スリップ」 WT=BTは次のとおりである。
ブレーキシステム例
 これから求めるリンク比は、次の式になる。シューは2個であるが、1系列して計算すればよい。
ブレーキシステム例
    
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