祭りの主役  神 職
 屋台祭、神輿祭の町神輿などの祭りは、一般に神社の祭祀である神事の付祭として行われているもので、神事とは切っても切れないものである。神事は神職により司られるが、神職とは、神さまに奉仕し祭儀や社務などを行う者の総称で、「神官」とか「神主」ともいわれる。神主という語には、古くは祭りを司る祭主、神社における司祭者という意味があったが、今日では神職と全く同じ意味で使われている。
 神職には、学識の指標である「階位」、経験功績を反映した「身分」、そして神社内の役職である「職称」の3ランクがある。一般に我々が知る宮司などは「職称」で、これは神社により違いがあるが一般的に、宮司(ぐうじ)・権宮司(ごんぐうじ)・禰宜(ねぎ)・権禰宜(ごんねぎ)、見習いである出仕などのクラスがある。宮司・権宮司・禰宜は、1社1名が原則で、また権宮司は特別の承認を受けた神社にのみ置くことができるものとされている。巫女は神職ではなく資格も不要である。宮司は、神社本庁より任命される。
 神社本庁が包括する神社の神職は、全国で約22400名。そのうち宮司は、約11000名。女子の神職も年々増加し検定合格者中24%以上にもなるといわれている。
 また、民間での神職の呼び方は、古い呼び方などもあり、かむづかさ・かみづかさ・かんづかさ(神司・神官)、かんぬし・かむぬし・こうぬし・しんしゅ(神主)など多い。

 神職の装束は、神職の「身分」により決められており特級・一級・二級上・二級・三級・四級の6等級があり、特級・一級は黒袍(注1)、二級上までは赤袍である。失礼ながら祭行列の神職を見るときに衣(袍)の色を見れば「身分」がわかる。
 神幸祭の祭行列に巡行する黒袍・赤袍の神職は、乗馬、馬車、人力車、オープンカー、徒歩などいろいろであるが、氏子町内が広い場合は乗り物に乗ることが多い。

 神幸祭の祭行列などで神職を身近に見るときいつも感じるのは、若い神職は衣を脱げばそのあたりの若者と変わりない顔つきであるが、高齢の神職は非常に穏やかな中にも威厳を感じる顔立ちである。人前だからといってそんな顔をすることは無理で、学識・人格などが顔に現れているのだろう。晩年の顔は自分で作るといわれており、わたしも自分の顔を作りたいが、思うだけでは難しいようである。

注1)袍(ほう・はう):体をつつみこむうわぎ。束帯や衣冠などの時に着る盤領の上衣。文官用を縫腋の袍、武官や少年用を闕腋の袍といい、位階によって服色を異にするので位袍ともいう。当色にこだわらず好みの色によるのを雑袍という。
日枝神社山王まつりの神職 越ヶ谷まつりの神職
黒・赤袍などを着た多くの神職がいる神社の祭り。神職の衣装は、束帯姿と呼ばれ、黒・赤袍に奴袴、纓・纓挟み板が付いた冠を被り、笏を持つ。沓は、皮でできた鳥皮沓。笏は、黒壇・柴壇・櫟(一位)・柾などで作られている。 女子の神職の正装姿は、唐衣に表着を重ね、幸菱模様の単衣などに差袴をはく。頭には、ねじまち袴、釵子(かんざし)、前天冠、額当などをつける。雪洞を持つ。
神田祭の神職
モダンな街角に古風な馬車と黒袍の神職がよく似合う。また、白馬と黒塗りの馬車のコントラストもいい。馬の脚は、意外と太く、これが馬車馬の脚。脇見をしないように目の両側におおい(遮眼革)をされている。白帳をきめた馬丁のスニーカが惜しいが、どこの祭りの馬丁や牛方も例外なくスニーカを履いている。(神田祭)
日枝神社山王まつりの神職 高山祭・春の山王祭の神職 花園神社例大祭の神職
馬に乗る神職の標準的な形。2人の馬丁が馬の手綱を取り、他の白丁が差し掛け傘を差し掛けて巡行する。白馬の脚は乗馬用で、上の馬車を引く馬に比べると細い。(日枝神社山王まつり) 観光都市の祭りらしく、人力車に乗り、妻折の差し掛け傘で巡行する神職。(高山祭・春の山王祭) 広い氏子町内の巡行には、オープンカーも使われる。
うちわ祭の神職 深川八幡祭りの神職 成田祇園祭の僧侶
カラ〜・コロ〜と響かせながら浅沓といわれる木沓・木履(きぐつ、合成樹脂製もある)で歩く神職。 神職はじめ、神輿、巫女、役員など神幸祭のすべてのメンバーがトラックの荷台を飾り付け、分乗して巡行する祭りもある。(深川八幡祭り) 屋台・山車が出る祭りとしては、関東では珍しい寺院の祭りでは、当然僧侶により神事が行われる。成田祇園祭では、護摩が焚かれた後、貫首(御前様)が本堂前に勢揃いした屋台・山車に護符を下付する
  
Page Last Updated 2005.4.14
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