| 作者がわかっている人形について、その数などを調べた。 人形で多いのは、素戔嗚尊が最多で13体、つぎに日本武尊が9体、神武天皇が8体と続く。素戔嗚尊が多いのは、神社の祭神が素戔嗚尊の祭りに素戔嗚尊の人形を載せている山車が多い。素戔嗚尊を多く作っている人形師は、浪花屋七郎兵衛で11体中3体が素戔嗚尊である。 3代にわたる原舟月の作品は、22体が確認されているが、そのうち神武天皇を5体作っており、神・天皇・武将が多い。つづいて鼠屋五兵衛が15体と多く、作品に偏向性はなく、神・武将・おとぎ話などいろいろな人形を作っている。鼠屋五兵衛の作品で作られた年がわかっているものは、1/3の5体しかない。このことは古川長延にもいえる。古川長延は12体が確認されているが、そのうち年がわかっているのは、1/4の3体しかない。また、浪花屋七郎兵衛も11体確認されているが、なんと2体しか年がわからない。しかし、これらは単に私の資料不足のものも多分にあり、確実な数値ではない。 人形師が活躍したのは、150年程度昔でのことであり、自分の年齢を差し引くとせいぜい100年前後前のことであるが、なかなかはっきりした資料がないのが現実である。日本は比較的記録が残っている国といわれるが、すくなくとも山車や人形などについては、たぶん50年前の記録も充分にある町内は少ないと思われる。とくに東京の場合は、関東大震災と戦災により、貴重な資料が焼失しているといわれる。 名人といわれた仲秀英は、9体と意外と少ない。 しかし、作者がわかる人形はまだよく、作者がわからない人形がこの何倍もある。作者がはっきりしているかどうかは、祭りにより傾向性があり、わかる祭りはほとんどわかるが、わからない祭りはほとんどわからない。祭りは楽しければよく、何時、誰が作ったなどということはどうでもいいと割り切っているのであろう。 |
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