| 祭名称 |
小動神社天王祭 |
| 神社名称 |
鎌倉市腰越 小動神社 (こゆるぎじんじゃ) |
| 御祭神 |
● 健速須佐之男命 ( たけはやすさのおのみこと )
● 建御名方神 ( たけみなかたのかみ )
● 日本武尊 ( やまとたけるのみこと ) |
神社由緒
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小動神社は、小動岬の一角に立つ腰越の鎮守。
文治年間(1185〜1189)に源平の合戦で活躍した佐々木盛綱が、江の島弁財天への参詣の途中この神社がある小動山に登り、その風光明媚な土地に感激して、信仰していた近江国八王子宮を勧請したのが始まりとされる。
相模風土記に、「文治年中佐々木盛綱当山に詣で、老松の辺りに到るに、この松平日風なきに枝葉靡き動く、その妙音琴瑟の如し、天女遊戯の霊木なり」とある。
その後、元弘3年(1333)、新田義貞が北条氏討伐のために鎌倉攻めをした際に、神社に戦勝を祈願、成就がなり、太刀と黄金を寄進し、社殿を再興した。
江戸時代に、小田原城主大久保忠真が「三神社(3柱の祭神)」の扁額を揮毫し奉納した。
明治の神仏分離令により、社名を地名から小動神社と改称し、明治6年に、村社に列格された。明治42年には、字神戸の鎮守であった諏訪社を合祀し、昭和13年に、神饌幣帛料供進神社に昇格した。また、昭和28年に宗教法人に登録された。
小動岬の展望台下の岩礁は、昭和5年に帝大生だった太宰治が心中事件を起こした場所。 |
| 祭り概要 |
● 第1日曜日〜第2日曜日にかけて江の島神社の祭礼と同時に行なわれる。出御祭で腰越のお囃子が江の島八坂神社の神輿を迎え、腰越の5ヵ町を渡り、神社下の天王屋敷に作られた仮宮に納められる。第1日曜日からの5日間は、神社境内から引き出された山車に人形が飾られ、おはやし太鼓を叩く。宵宮(前夜祭)では中央の神戸橋を境にして、橋向こうとこちらで山車が出会い、別れる。8日目(第2日曜日)は、本祭で、正午近くに人形山車が電車道に集り、仮宮の神輿は浜上の海岸の安置所に移る。神輿は囃子方や神主の行列と共に浜上町内会を回り龍口寺の山門前で、江の島神社の神輿を待つ。江の島の一行は島で行事を済ませ、行列を作り、小動神社の神輿と並び仮安置された後、両神輿は小動神社へ出発し、神社下の天王屋敷に着くと祭典が行なわれる。その後、小動のお囃子は来た時と同じように龍口寺前まで送り、8日間の行事がすべて終わる。
● 第2日曜日に昭和50年代に作られた土橋町・中原町の山車・復活した明治11年作の人形山車の神戸町の山車の3台が電車道に集まる。下町の山車は、提灯を付けて土曜日(宵宮)だけ曳かれる。 |
祭開催日
時 間
場 所
アクセスなど |
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| 市概要 |
鎌倉市 人口:17.3万人、所帯数:7.2万世帯 (2008.7) |