本町の龍神の山車。文久2年(1862)に江戸日本橋の田所町・通油町・新大阪町が合同で作ったもので山王祭の番附に「21番龍神山車・二重鉾台型囃子台欄間」と書かれいる。明治16年に加須市本町へ譲渡された。
後輪1輪の3輪で江戸型山車では珍しい形。しかも、前2輪が囃子座後部の下に位置し、鉾のほぼ真下に1輪の後輪がある。昔、牛に引かせたと思われる長柄が残っており、長柄を押し下げて回転するというが、重心がかなり後にあり、旋回にはかなり苦労すると思われる。
山車の作者は、仲 秀英。 |
龍神の山車の「羅陵王の面」。
幕末の名匠、高村東雲が、面を作るに当たり3年間探し求め、鎌倉鶴岡八幡宮にある重要文化財の羅陵王(下絵)の図面を基に彫ったとされている。 |
龍神を舞う織田信長の山車人形。
山車と羅陵王の面、織田信長の人形を同時に飾ると必ず雨を呼ぶと伝えられているという。 |