| 祭名称 |
川越まつり |
| 神社名称 |
氷川神社(JR川越駅から歩いて約20分) |
| 祭 神 |
素戔嗚尊(すさのをのみこと)
奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)
大巳貴命(おおむなちのみこと)
脚摩乳命(あしなづちのみこと)
手摩乳命(てなづちのみこと) |
| 由 緒 |
欽明天皇の時代に大宮市の武蔵一宮から勧請されたと伝えられ、江戸時代には川越城下の総鎮守となり、歴代の城主をはじめ城下の人々の厚い信仰を得てきた。 嘉永3年(1850)に建てられた本殿は、川越まつりの山車の人形を主題にした彫刻がほどこされている。 |
| 開催日 |
川越まつり:10月第2土・日曜日 |
場 所
 |
埼玉県川越市
主なアクセス(2001年6月時点:要確認)
@JR埼京線
p新宿→川越 時間:約50分快速(参考:片道740円)
p池袋→川越 時間:約45分通勤快速
A東武東上線
p池袋→川越 時間:約30分急行(参考:片道450円)
B西武新宿線
p西武新宿→本川越 時間:約50分快速急行(参考:片道470円) |
|
|
|
| 参考資料 |
川越市役所HP「川越まつり」、ぷらんず社「川越祭り瓦版」など。 |
| 市概要 |
人口:33.4万人、所帯数:13.4万世帯 (2007.10) |
| 屋台の成り立ち |
慶安元年(1648)に川越城主(寛永16年、1639)の松平伊豆守信綱が氷川神社へ神楽や祭礼用具を寄進し祭礼を進めたのが始まりと言われている。天保15年(1844)頃には、全ての山車が一本柱型式に統一され、人形を飾った。分久2年(1862)頃には、二重鉾・四つ車のものが現れ、明治時代に入ると、山車を主体になってきた。
走行部と1段目の間に回転装置を設け、曳っかわせなどのために廻り舞台といわれる2段目以上が回転できるようになったのは、比較的新しく明治後期から大正時代に入ってからである。 |
| 名称・呼び名 |
山車、山車の呼び名は、飾っている人形の名前を付けて「弁慶の山車」「秀郷の山車」などと呼ぶ。
一本柱万度型:1台(南通町)特に呼び名はなく、一本柱万度型の山車と呼ばれている。 |
| 分 類 |
| 分 類 |
人形山車 |
その他型 |
3層
人形上下
枠上下型 |
3層
人形上下
枠固定型 |
| 台 数 |
27 |
1 |
1 |
|
| 外観/容姿 |
漆塗り極彩色、白木造り。 |
| 車 輪 |
3〜4輪/大八車(御所車風飾り車もある)/車体の外側 (数/形状/位置) |
| 梶/方向転換 |
バールで車輪にブレーキをかけ舵を取る。車体の中心真下を油圧ジャッキでジャッキアップして旋回する。
センターピボット式も5台ある(西小仙波町、通町、仙波町、新富町2丁目、菅原町)。
3輪車(3ツ車)は、1輪を持ち上げて旋回する。 |
| 囃 子 |
屋台囃子 |
| その他 |
BGMは、2007年10月20日、市役所前の山車揃えで録音しました。当サイトで公開することで不利益が生じるおそれがある場合、直ちに削除いたしますので、お手数ですが掲示板でご一報下さい。 |
●曳っかわせ
山車どうしのすれ違いや交差点などでの出会いのときに舞台を2段目以上回転する廻り舞台により向かい合わせ、激しいテンポで囃子の掛け合いが始まり、引き手や群衆が声援を送る最大の見所。
●山車揃い
市役所前に特設会場が設けられ、知事・市長なども出席して、10台前後の山車を揃えて、山車の紹介などが行われる。会場への入場、人形の上下などの山車を動かす全行程が見られる。 |
| ●見所時間:10月第3土曜日とその翌日の日曜日 |
| 内 容 |
土曜日 |
日曜日 |
宵山の山車揃い
囃子の演舞
(目抜き通り、年により変わる) |
18.00頃〜
(1〜2時間) |
− |
山車揃い
(市役所前) |
− |
14.00頃〜
(約1時間) |
山車行列
(目抜き通りを巡行) |
− |
15.00頃〜17.00頃 |
曳っかわせ
(市内4〜5カ所の交差点) |
宵山終了後 |
19.00頃〜 |
|
注1)表は、2001・2001・2002年のもの。
2)参加山車数、2001:25台、2002:10台、2003(川越市制80周年記念):29台
3)駅前などで「祭り案内パンフレット」が配布されている。 |
|