鹿島神宮・祭頭祭
祭名称 鹿島神宮・祭頭祭
神社名称 鹿島神宮
祭 神 武甕槌大神
祭の由緒・内容  祭頭祭は、鹿島神宮の年間80回以上もある行事でも、もっとも規模の大きな祭典である。
 その起源は、奈良時代の天武朝との平安時代ともいわれるが、文献に出てくるのは、建仁4年(1204)とされ、この時は片野の長保寺と平井の宝持院が祭の世話役を勤めている。
 祭頭祭は、明治までの神仏習合の時代には2月15日の釈迦入滅の常楽会(涅槃会)と習合していた。その名残から今でも男子の大総督を「新発意」という。また、勇壮な棒祭りからいくさの神としての鹿島神宮の神徳と重ねて「悪路王(注3)退治の余風(昔からの風習)」という解釈がされていた時代もある。
 昭和初期には、出兵する兵士を鼓舞する「防人の祭り」とされていた。しかし、本来は、地元に密着した五穀豊穣・天下泰平を祈る記念祭の一種であり、祭りが終わると鹿行地方では農作業が本格化する。

 祭りは、10.00から前年の春季祭でト定された左方・右方両当番字の大総督が狩衣装で家族や役員に護られながら社殿にあがり祭頭祭(神事)が執行される。
 祭頭祭のあと、大総督や両字の人々は、本陣に定めたホテルなどで休憩のあと、正午前から巡行をはじめる。行列の先頭は、囃し人の一人が、「天下泰平 春季祭」などと書いた軍配団扇を振り回しながら進み、大総督が続く。大総督は、甲冑に身を固め、大黒頭巾を被った人に肩車されて巡行する。続いて役員や家族、神職が進み、囃し人がそれに続き、総勢1000人以上(両方)にもなるという大行列である。
 囃し人は、赤・青・黄色など色とりどりの衣装を着て、色鮮やかな襷を数本かけ、キャラクター人形やミッキーマウス・般若・おかめひょっとこの面、鈴などで飾り付けている。囃し人は、10〜20人の班に分かれ、太鼓を腰に付けて叩く人の周りを囲んで「鹿島神宮祭頭歌」を歌いながら長さが六尺(1.8m)の樫の棒を組んだりほぐしたりする。各班には、企業などが奉納した馬簾が煽る。
 囃しが終わると本陣で休息後、狩衣の大総督や役員、家族は、18.00からの春季祭に参列する。春季祭がでは来年の当番字がト定(注4)される。ト定された2字は、物申神職(1年間祭事を担当する神職)により「来る○○年春季祭当番、神慮を以ってト定侯字、左方の大頭、大字、・・・。右方の大頭、大字、・・・」と読み上げられる。
 ト定された字は、鹿島神宮の大神により神を来臨さしめ、降神祭により鹿島神宮の分霊を1年間字に合祀され、見そなわし(神が見守り)、安寧(おだやかで平和)と弥栄(いよいよの繁栄)をもたらされるという。祭頭囃しの奉納は、この1年間の報祭(祈願成就のお礼の祭)であるという。
昭和51年に国選択無形民俗文化財に指定された。

注1)進達:官庁への上申などを取り次いで届けること、進達書:進達の書状、すなわち上申書の添状。(広辞苑)。
注2)新発意:一軍の将としてト定後に選ばれる5才前後の男児で、大総督、小僧さまとも呼ばれる。
注3)悪路王:鹿島神宮には江戸時代の作とされる「悪路王の首」の木像がある。吾妻鏡などにも悪人として登場し、達谷窟を拠点に悪事を働き、坂上田村麻呂や鎮守府将軍・征新羅将軍であった利仁将軍に討伐される。
注4)ト定:吉凶をうらなって定めること。(広辞苑)
開催場所・日時
・祭頭祭:3月9日
行 事 開催場所 日 時 内 容
祭頭祭(神事) 神宮社殿 10.00〜 左方・右方両当番字の大総督が狩衣装で家族や役員といっしょに参加し、社殿で執される。
囃し行列 商店街 左方:11.50〜
右方:12.30〜
本陣を出発したあと、囃しながら商店街を一周する。
囃し行列 神宮境内 左方:14.40〜
右方:15.30〜
境内で一斉に囃す。
春季祭(神事) 神宮社殿 18.30〜 来年のト定の神事が左方・右方両当番字の狩衣の大総督、家族や役員が参加し、社殿で執される。
場 所 茨城県鹿嶋市
アクセス 東京からの主なアクセス(2005年3月時点:要確認)
pJR東京−(特急あやめ)−佐原−(鹿島線)−鹿島神宮
 時間:約3時間、料金:片道 1,890(乗車券)+1,260(特急券=3,150円)
・高速バス
 東京駅(下り:八重洲南口、上り:日本橋口)−鹿島神宮駅
 時間:約2時間、料金:片道 1,780円
・車:東関道・潮来インターから約20分
問い合わせ先 鹿島神宮社務所 電話:0299−82−1209
鹿嶋市観光協会 電話:0299−82−7730
参考資料 祭頭囃保存会パンフレット「祭頭祭のしおり」など
 2005年の人出は、9万人近くで例年以上に多かった。
 毎年2地区が左方・右方の当番を務め、約20年毎に廻ってくる。2005年は、長栖地区と角折地区が当番で250年前の組み合わせと同じという。長栖地区は前回参加しなかったため51年ぶり、角折地区は21年ぶりという。
 左方の長栖地区の囃し人は11班約200人、全参加者は約350人、右方の角折地区は18班約300人と約650人と地区総出で参加する。
 行列の先頭は、「天下泰平 春季祭」などと書いた軍配団扇を振り回しながら一人の囃し人がいく。
軍配団扇を振り回しながら行列の先頭をゆく
男性は紋付羽織袴に陣笠、女性は裾模様の紋付黒留袖の参加者
 参加者の男性は紋付羽織袴に陣笠、女性は裾模様の紋付黒留袖が多い。男性の衣装は、この祭り専用で一式15万円ほどかかるため、前年の地区が神社へ奉納したものを使うこともあるという。
 当番がト定されると、1年かかって準備し、費用も2地区で1億円以上もかかるという。
 大総督は、神事には狩衣を装着、囃しの行列では甲冑に身を固める。甲冑の重量だけで約15kgもあり、大総督役や担ぐ人は大変辛いという。
15kgもある鎧と兜を纏った大総督を肩車にして進む
 1班の囃し人は、10〜20人。太鼓を腰に付けて叩く人の周りを囲んで「鹿島神宮祭頭歌」を歌いながら長さが六尺(1.8m)の樫の棒を組んだりほぐしたりする。

 祭頭歌は、“ 弥発生鹿島の豊竹豊穂良穂弥 霊豊穂善豊穂やアアヤレソラ御社楽豊穂良穂や発生 イヤーホエ鹿島の豊竹トホトヤ・・・・五穀は豊穣だイヤーホエ ”などが標準であるが、太鼓叩きの即興でいろいろな歌詞が歌われる。
太鼓を打つ人を囲んで六尺樫の棒を組む
囃し人の衣装はキャラクター人形なども付けた超派手なものが多い
 囃しの班は、小学生などの子供、中・高校生、大人男子、女性などに別れている。
 衣装は、絵のような赤・青・黄色などカラフルな班が多いが、赤系統で統一した班などもありそれぞれ工夫している。
 近頃は、女性も参加し、衣装も年々派手になっているという。壮年の男性も赤毛や金髪の鬘に厚化粧が多い。神憑りしているのか、恥ずかしそうな素振りはない。
近づく春を衣装でも表現
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