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| 祭 内 容 |
祭名称 | 今宮神社例大祭(鹿沼ぶっつけ秋まつり) 慶長13年(1608)日照りが続き、氏子や近郷の人たちが近世鹿沼の復興により再建された今宮神社に集まり雨乞いを行ったところ、霊験あらたかに激しい雨が降った。今宮神社を氏神と敬い、このときの6月19日を宵祭、20日を祭礼とし、例祭が営まれるようになった。 |
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| 神社名称 | 今宮神社(東武日光線新鹿沼駅から徒歩約20分 ) | ||||||
| 御祭神 | (日光二荒神神社と同神) 大己貴命(おおなむちのみこと) 田心姫命(たごりひめのみこと) 味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと) |
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| 由 緒 | 天文元年(1532)に、壬生・鹿沼一帯を勢力圏とし、日光御神領惣政所の地位にあった壬生綱房が、現在の御殿場を中心とする坂田山に城を築き、天文3年に御所の森にあった日光三社(二荒神)を城内に移し城の鎮守としたのが今宮神社の創建とされている。 | ||||||
| 開催日 | 10月第2土・日曜日 | ||||||
| 場 所 |
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| 参考資料 | 鹿沼いまみや付け祭り保存会発行「鹿沼の秋祭り」など。 | ||||||
| 市概要 | 人口:9.4万人、所帯数:2.9万世帯 (2003.8) | ||||||
| 屋 台 内 容 |
屋台の成り立ち | 祭礼を盛大にすると共に、宿場の人たちの娯楽として、今宮祭礼の付け祭として屋台の繰り込み・引き回しが行われるようになった。古くは、安永9年(1780)に花などで飾り、今宮祭礼と書いた「万度」を地車に引かせ、「踊り屋台」と呼んだ屋台も出ていた。この頃の屋台は、「移動できる屋根付きの台」程度の彫刻もない簡単な踊り舞台であった。 | |||||
| 名称・呼び名 | 屋台。(通称:彫刻屋台) | ||||||
| 分 類 |
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| 外観・容姿 | 白木造に彫刻、黒を基調とした漆塗造に彫刻の2種類。 | ||||||
| 車 輪 | 4輪/大八車/車体の外側 (数/形状/位置) | ||||||
| 昇降口 | あり | ||||||
| 梶/方向転換 | なし(車体の中心真下を油圧ジャッキなどで屋台全体を持ち上げて旋回する。) | ||||||
| 屋台囃子 | あり(詳細不明) | ||||||
| その他 | ・2003年に国の重要無形民族文化財に指定された。 ・提灯に灯を入れ、今宮神社から屋台繰り出しが行われる。 |
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| 見 所 |
● 屋台を埋め尽くした彫刻。 ● 神社への屋台の繰り込み・繰り出し。 ● 栃木県指定無形民俗文化財のぶっつけ。 |
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| 感 想 |
G各地の祭りや屋台を見ると、それぞれに多彩なアイデアが盛り込まれており、日本人の創造性はたいしたものだとつくづく感心させられる。鹿沼秋まつりも祭りといい、屋台といい、各地に劣らず素晴らしいもので、一日歩き回った肉体的疲れと精神的興奮により心身共に癒された。 G各地の屋台は、古いものが多い中で、鹿沼秋まつりの屋台は、平成8年製の新しいものもあり、今なお活発に祭りを盛んにしようとする意気込みが感じられる。 G屋台は、「彫刻屋台」と言われるだけあって、屋台全体が彫刻で覆われたものが多く、緻密で華麗な芸術的にも技術的にも非常に素晴らしいものである。特に鬼板・懸魚に大きな彫刻を付けた屋台が多く、各屋台の彫刻を見比べるのは非常に楽しく、最大の見所である。 G森山法務大臣(2001年)が見学にきていたからか、あるいは過去に大きな事故があったのか、他の祭りにはみられない厳重な見学規制がされていた。どこの祭りにも見られるが人混みの中へ自転車で乗り込んだり、ベビーカーの子供ずれの人も見られるが、安全のためには見物人のマナーも必要であろう。 G見所の一つである「ぶっつけ」は、土曜日は20.00〜21.00に5回と回数が少なく時間も遅いので注意が必要。日曜日には、パレード中〜21.00まで各所で20回以上行われる。 |
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