祭名称 常陸大津の御船祭(神船曳祭り)
神社名称 佐波波地祇神社(さわわちぎじんじゃ・さははくにつかみじんじゃ)
通称:大宮大明神・六所明神・からかい山
御祭神 天日方奇日方命(あめひかたくしひかたのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと) 他4神
由 緒 創建は古く、斉衡時代(854〜857)〜天安時代(857〜859)とされている。国家鎮護を始め、船神としても崇められ、海上安全・漁労守護などに神徳があるという。
鎮座地は、唐帰山(からかいさん)とも呼ばれ、船の航路の目標になっていた。
祭りの成り立ち
神社創建後、潮出お浜下りの祭事として始まった。昔は、神輿を神船に乗せ海上を御渡した。その後、地形が変わり、海が遠のいたが、渡御の道筋を変えることなく、陸上を曳くようになったとされている。
祭りは、「大津御船祭」として昭和50年に茨城県の民俗無形文化財の指定を受けた。また、54年に国選択無形民俗文化財「常陸大津の御船祭」として指定された。
 (出典:常陸大津の御船祭保存会)
開催日 2004年5月2〜3日
場 所

主なアクセス
場所:茨城県北茨城市大津町
アクセス(2004年5月時点:要確認)
@JR常磐線大津港駅より徒歩約20分
pJR上野→(常磐線)→大津港駅
  時間:特急約2時間30分(参考:片道 乗車券:3,260円+特急券:2,810円=6,070円)
A自動車:常磐自動車道北茨城ICより7km
●ワンポイント・アドバイス
 G特急電車は、本数が少なく、GWでもあり、早く予約が必要。普通電車は、直通は少ないため、水戸・日立などでの乗り継ぎにより3時間30分(直通)〜4時間が必要。
 G東京方面からの自動車は、往路は比較的順調に行けるが、復路はUターンラッシュの時間帯にぶつかるため、岩間IC・谷和原IC付近で渋滞がある。一般道は、20〜30km/hで見ておく必要がある。
参考資料 HP「常陸大津の御船祭」など
市概要 人口:5.0万人、所帯数:1.7万世帯 (2004.4)北茨城市商工観光課:0293-43-1111





分 類
台 数
船形山車
囃子 大津囃子。


●内容:5月2〜3日
G5月2日(宵祭)13.00〜:空船が曳かれ21.00〜関係者により「移魂の儀」が神社神殿で執行される。
G5月3日(本祭)12.40頃〜:ソロバンを敷きつめた路上を神船が左右にゆられながら進む「曳き船の儀」が行われる。
G昭和49年より、5年毎になった。次回は2009年。
内 容 5月2日(宵祭) 5月3日(本祭)
神船渡御
(空船)
13.00〜16.00
御船発着所〜常陽銀行前
神輿渡御 10.00〜12.00
(佐波波地祇神社〜常陽銀行前)
神船渡御
(曳き船の儀)
12.40頃〜17.30
常陽銀行前〜御船発着所
注1)祭りのパンフレットは、配布されていないため、2004年の計画渡御地図と時間を参考にしてください。
 2004年の祭りは、薄曇りの肌寒い一日であったが、5年に一度ということもあり、神船が渡御する道は見物人で埋め尽くされ、身動きができないほどの大盛況であった。今年は、例年にない人出とのことであり、神輿が神船に積まれる前に神船の前後を暫く練ることになっていたが、一部省略したというほどであった。
 「曳き船の儀」は、全長12m、重量5トンの飾り付けた神船に神輿が乗せられ、神職・水主・囃子方など約40名が乗船し、約30人づつが両舷に張り付いて船を左右に揺さぶる中、約500名の曳手により船が道路を進む。
 船には、車輪が付いていないため、ソロバンと呼ばれる木枠を約20m敷いた上を進む。進んだ後に残されたソロバンをまた前に敷き尺取り虫のように進む。
 神船が左右に揺さぶられながら進むと、船底とソロバンの摩擦熱により白煙がたちこめ、観客の昂奮は最高潮に達し、大歓声が起こった。
 計画の出発時間は、12.40であったが、13.30過ぎに遅れ、1.2kmの道程を約5時間かけて渡御する計画であったが、何時に着いたかは未確認である。
渡御を待つ神船 船首には、見通し、御幣、神旗などが飾られ、唐破風の屋根や高欄が設けられ、神輿が置かれる。舳先には神職、神輿の周りには役員などが乗る
渡御を待つ神船。船体のペイントは塗り替えられ、桜の木や魚などの絵も描き直された。揺さぶり手は、船縁の紅白の綱につかまり、船底に近い出っ張りに足を乗せて揺さぶる。左右の紅白の綱は一本にまとめられ、300〜400mもあるかと思われる曳き綱になっている。ソロバンは木製で、長さ約1.5m、幅約0.5mの2段の梯子形で一人で持ち運びやすくなっている。 船首には、見通し、御幣、神旗などが飾られ、唐破風の屋根や高欄が設けられ、神輿が置かれる。舳先には神職、神輿の周りには役員などが乗る。
船尾には、長刀などの武具の七つ道具、旗などが飾られ、後部には囃子方が乗る 佐波波地祇神社で神霊を遷した神輿は、古い建物が残る町を渡御
船尾には、長刀などの武具の七つ道具、旗などが飾られ、後部には囃子方が乗る。
左右に揺さぶられるときのストッパーは、船底の左右に張りだした部分だけで、とくに特別のストッパーなどはないようである。
佐波波地祇神社で神霊を遷した神輿は、古い建物が残る町を渡御した。
神輿は、御船での渡御にあたり、御船に積み込まれた 御船が曳かれると、船底とソロバンの摩擦熱で御船の後部には白煙がたちこめる
神輿は、御船での渡御にあたり、御船に積み込まれた。積み込みにあたり、御船の高欄が外されたり、屋根が移されたりしたが、重量のある神輿も多くの人たちの手により、難なく積まれた。 御船が曳かれると、船底とソロバンの摩擦熱で御船の後部には白煙がたちこめる。
ソロバン(木枠)は、船底との摩擦熱で焦げ跡がついた 片側約30人が船側にぶら下がり、呼吸を合わせて体重を移動して船を揺さぶる
ソロバンは、船底との摩擦熱で1〜2回で既に焦げ跡がついた。全道程では、約30回ほど使われることになるので、黒こげになったり、途中で破損してしまうものも多いという。 片側に約30人づつが船側にぶら下がり、呼吸を合わせて体重を移動して船を揺さぶる。左右の船底が地面にあたり、“ゴツン・ゴツン”と音が出る。
両舷に約30人づつが張り付いて船を左右に揺さぶる
「曳き船の儀」は、両舷に約30人づつが張り付いて船を左右に揺さぶる中、約500名の曳手により船が道路を進む。15〜20°も左右に傾くため、神船に乗っている神職などは必死で体を支えているが、囃子方は乱れることなく演奏している。この場面は、最大の見所。
(絵はイメージ)
御船が渡御する道は、人の波であふれた。御船は尺取り虫のようにゆっくりと進む 大漁旗を掲げた多くの大小の漁船が停泊する大津港
御船が渡御する道は、人の波であふれた。御船は尺取り虫のようにゆっくりと進む。計画では、1.2kmの道程を4時間50分、時速0.25km/h(人間の歩く速度は約4km/h)で渡御するため、見物人は忍耐強く待たなければならない。 大漁旗を掲げた多くの大小の漁船が停泊していた大津港は、江戸時代の中頃から水戸藩内有数の港町として栄えた。当時は、かつおの一本釣り漁業・延縄漁業を主として磯漁業も行われていた。
昭和になると、常磐沖の漁場に恵まれていたため、二艘まき網漁法によるいわし漁が全盛期を迎え、水産加工業も発展した。
現在は、主に大中型旋網漁業では回遊魚のさば・いわし、また、小型曳網漁業はシラス・コウナゴ(シラス・コウナゴは、全国主要生産地)・オキアミなどの漁獲が行われている。
(出典:大津港水産加工業協同組合HP)
今頃の漁船は、黒く塗られたレーダやGPSなどのアンテナなどが後部に林立し、魚を獲るのも電子化が進んでいることがわかる。
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