比々多神社例祭
比々多神社例祭
比々多神社例祭
比々多神社例祭
行燈一覧
祭名称 比々多神社例祭
神社名称 比々多神社
祭 神 豊國主尊(とよくにぬしのみこと)・豊斟野尊 (とよくむぬのみこと、国土創造の神、大地・開発・発明・創造力・厄除・交通安全)
天明玉命(あめのあかるたまのみこと、玉造の神、不思議な霊力発揮)
雅日女尊(わかひるめのみこと、機織りの神)
日本武尊(やまとたけるのみこと、叡智と武勇の神、出世・開運・厄除・商売繁昌・交通・縁結び)
由 緒  歴史は古く、神社境内・近隣より発掘出土した遺跡遺物などから推測すると、当社の淵源は約1万年以上前まで遡れる。その証拠、発掘された縄文時代中期の環状配石中の 「立石」こそ祭祀遺跡であり御神体であり、原初的な神社の信仰、古くからの聖地信仰の指標を現している。
  社伝記(天保5年1834)によれば、鎮座は神武天皇6年(紀元前655)に古くから祭祀が行われていた当地に神を祀る社を建立し、相模國の霊峰大山を神体山とし、豊國主尊を日本國霊として祀ったことに始まるという。
 変遷を経て元暦元年(1184)に源頼朝は、大規模な社殿再建を行い、社殿回廊など甍を並べて聳え、文治元年(1185)国土泰平祈願のための御願書を奉った。
 南北朝、室町時代に戦禍により神領の大部分を失い、また、明応年間(1492〜1501)に、社殿を焼失、天正のはじめ、現在の地に移転遷座した。
 天正19年(1591)、相模國の名社であることから徳川家康は社領10石が寄進し、復興した。以後、秀忠・家光〜12代の将軍から神領の寄進された。
 明治6年、社格を2大区6小区の郷社と定められ、16ヶ村の総鎮守となる。明治41年、神饌幣帛供進神社に指定された。
 現在は献幣使参向指定神社に定められている。
(出典:比々多神社例祭HP)
 比々多神社例祭は、かながわのまつり50選に選ばれている。
開催日 4月21〜22日 (神幸祭・山車の巡行は22日のみ)
場 所
祭り開催場所:神奈川県伊勢原市三之宮
問い合わせ先:比々多神社:電話:0463−95−3237(8.00〜17.00)
  オフィシャルサイト:http://www4.ocn.ne.jp/~hibita/

  伊勢原市観光協会:0463−94−4711
主なアクセス
  小田急新宿−(小田原線)−小田急伊勢原 (急行約1時間10分)
  北口伊勢原駅北口より栗原行き(中央公民館.車庫経由)にて比々多神社下車
浦賀の地図
見 所
22日午後、神社から約2km離れたR246近辺から神幸祭の行列が渡御し、約1kmの地点から山車がそれに続いて神社へ向かう。
山車も小高い丘の上にある神社の境内へ入り、餅撒きが行われ17.00頃行事は終わる。(2007年)
山車は、江戸時代後期の笠付万燈型にそっくりの貴重なもの。
伊勢原市概要 人口:10.0万人、所帯数:4.0万世帯 (2007.4)
名称・呼び名 山 車
分 類
分 類 人形山車
1層1本柱型
台 数
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