| 祭 内 容 |
| 祭名称 |
伏木神社春期例大祭、伏木曳山祭・けんか山 |
| 神社名称 |
伏木神社 |
| 祭 神 |
天照皇大御神 (あまてらすおおみかみ)
豊受大御神 (とようけのおおかみ)
菅原道真
応神天皇(誉田別尊)
神功皇后
迦具土神 (かぐづちのかみ) |
| 由 緒 |
鎮座の年代は定かでないが、社伝によれば奈良時代に聖武天皇の天平4年(732)に海岸に奇瑞があったので神明宮として伊勢神宮から布師浦の蔵ヶ浜に勧請し、海岸鎮護・住民の守護神として建立された。
天平の頃、大伴家持も祟敬したと伝えられている。
その後、社地は幾度か波浪の浸食をうけ、江戸時代末期の文化10年(1813)に地主や回旋問屋などが丘の上の現在地に社殿を造り、この時、神霊を載せた神輿が元になり山車(やま)が造られ、曳山行事として現在に至っている。
当時の伏木浦は、享保年間(1716〜1731)の加賀藩の港湾制度により、八軒問屋ができるなど、藩米の回送や北海道への沿岸の北日本諸港との交易によって、海運・商業活動が盛んになり、明和4年(1767)には、渡海船を119艘も持ってほど栄えていた。
曳山は、 文政3年(1820)に中町がひょうたん山車を造ったのが最初で、同7年(1824)に上町がささ山車を、
天保12年(1841)に本町ががんがら山車・寳路町がせんまい山車を造ったとされている。
しかし、上町の神座の布袋の人形に、天明元年(1781)の銘があることや、「やま」ができる以前は、祭日に人形を船問屋の座敷に祀ったとの伝承もあり、安永年間(1772〜1780)頃から始まったともされている。
現在の祭りは、昼間は「イヤサー、イヤサー(弥栄え、弥栄え)と威勢よく囃しながら花山車を引き、夜は365+4個の提灯を付けた提灯山車に変身し「かっちゃ」と呼ばれる激しいぶつかり合いを繰り広げる。
神社は、明治16年に伏木神社と改称された。
(出典
伏木曳山保存会発行:小冊子「伏木の曳山」
伏木神社オフィシャルサイト:http://www.fushikijinjya.or.jp/
伏木曳山祭実行委員会オフィシャルサイト:http://www.senmaike.net/kenkayama/ など) |
| 開催日 |
毎年5月15日 |
場 所
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| 見所時間 |
| 5月15日 |
| 時 間 |
場 所 |
行 事 |
概 要 |
| 7.00頃 |
山倉 |
花山車の準備 |
放射状に造花などを飾り付け花山車を準備する。 |
8.00〜
16.00頃 |
神社〜
氏子町内〜
神社 |
例祭式
神幸祭 |
役員・各町総代などが参列し例祭式が行われた後、神霊が神輿に遷され、氏子10町1200世帯を巡行する。
花傘や母衣武者が共揃えする。 |
| 10.00〜 |
山倉〜各町内 |
福神の搭載
町内曳き |
花山車を山宿に移動し、福神と前人形を載せ、町内を曳く。 |
| 11.00〜 |
各町内〜神社〜
本町遊園地広場 |
お祓い
集 合 |
神社前でお祓いを受け、御幣を頂き山車の心柱に結ぶことにより山車は依代の神座となる。 |
| 12.00頃〜 |
伏木駅前〜
市街地 |
挨 拶
曳 行 |
駅前で関係者の挨拶があり、続いて回旋問屋による餅撒きが行われる。
その後、市街地を巡行する。 |
| 15.30〜 |
山倉 |
花山車を提灯山車
に模様替え |
花山車から福神を下し、365+4個の提灯を付けて提灯山車にする。 |
1回目:
18.30頃
2回目:
22.30頃 |
本町広場
法輪寺前 |
かっちゃ |
提灯山車を曳き廻した後2組にわかれ、2場所で「かっちゃ」を行う。
かっちゃは約30分。1・2回目の間は、市街地を曳き廻す。 |
| 〜24.00頃 |
市街地〜神社 |
御幣の返納 |
曳山車が神社へ参拝し、御幣を返納する。 |
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注1)日程は、2007年に実施されたもの。
2)5月14日19.00〜21.00、山倉前で花山車の宵山ライトアップが行われる。 |
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| 市概要 |
高岡市:人口:17.3万人、所帯数:5.9万世帯 (2005.10) |
| BGM |
BGMは、伏木曳山祭・けんか山のかっちゃの実況録音。見物人の喧噪が入っているが、雰囲気を感じて頂ければ幸いである。
ホイッスルの合図で、30mほど離れ向き合った山車がスタートする。途中で聞こえる「とん」という音(うお〜という歓声の前)が2台がぶつかったとき。「どんどこどんどこ
・ ・ ・ ・ ・ 」と打ち鳴らす太鼓の音が気持ちを高揚させる。
(BGMは、当HP管理人がかっちゃが行われているときに録音したものです。当サイトで公開することで不利益が生じるおそれがある場合、直ちに削除いたしますので、お手数ですが掲示板でご一報下さい。) |