祭名称 八王子まつり (市民祭)
神社名称 八幡・八雲神社、多賀神社の祭りであったが、昭和41年から市民まつりになった。
祭 神 (八幡・八雲神社:誉田別尊・素戔嗚尊、多賀神社:伊弉諾尊・伊弉冉尊)
由 緒
開催日 8月第一金・土・日曜日
見 所 山車の型:堂宮造りの四つ・八つ棟の入母屋造りなどの屋根の山車。
獅子舞、太鼓大合戦、民謡流し、山車の曳行、ぶっつけ・辻合わせ。内容が濃く多彩なため1〜2日では見切れない。
日程の詳細は、八王子まつり実行委員会:オフィシャルサイト:http://www.hachiojimatsuri.jp/index.shtml 参照。
場 所
・東京都八王子市
・問い合わせ先:八王子まつり実行委員会:電話:0426−48−1531
・ 東京からの主なアクセス (2003年8月時点:要確認)
pJR東京−(中央線)−八王子
 時間:約1時間15分、料金:片道 乗車券・1,110円
地図 地図
参考資料 八王子まつり実行委員会発行パンフレット、「目で見る 八王子の山車まつり」など
市概要 人口:54.3万人、所帯数:23.6万世帯 (2007.7)
屋台の成り立ち
 かって八王子の市街地では、「下の祭り」と呼ばれる八幡・八雲神社の祭礼と、「上の祭り」と呼ばれる多賀神社の祭礼が行われ、山車が引かれていた。その後昭和41年に両祭りが「八王子まつり」として統合された。
 八王子まつりの山車は、享保年間(1716〜1740)に造られたといわれており、江戸の一本柱の「吹貫」などをヒントに地元の宮大工が、唐破風の平屋根(総屋根)の中央に柱を立てて人形を取り付けた「八王子一本柱立て人形山車」といわれる山車であった。その後、明治30年の八王子大火により焼失したり、電線の布設により人形を載せることはなくなった。
 明治後期になると、山車の構造は変化し、前部は唐破風の囃子台、後部の楽屋が二層構造の鉾台型が登場し、八王子まつりの主流になった。さらに大正にはいると、入母屋八つ棟造りの堂宮型も登場した。
 山車造りが盛んになった背景には、日露戦争戦勝記念大祭、大正大典記念大祭などの大祭が多かったことがあるとされているが、それを支える経済力があったためと思われる。
名称・呼び名 山車。個々の呼び名は、町内の名前で呼ぶ。
分 類
分 類 人形山車 舞台屋台 その他型 合 計
4層
人形上下
1枠上下型
3層
人形固定
枠上下型
3層
人形固定
枠固定型
台 数
(内1諌鼓鳥)
13
(居囃子用
舞台)
22
(居囃子用含む)
外観・容姿表装 白木造り、研ぎ出し、黒・朱の漆塗りなど。
車 輪 4輪/大八車(源氏車)/車体下 (数/形状/位置)
昇降口 後部出入口に梯子をかけて乗り降りする。
梶/方向転換 センターピボット式。
   
Page Last Updated 2007.8.31
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