廿日会祭
廿日会祭
行燈一覧
祭名称 廿日会祭 (はつかえさい)
神社名称 静岡浅間神社
由 緒  神部神社(祭神:祖神大己貴命・おおなむちのみこと)・浅間神社(木之花咲耶姫命・このはなのさくやひめのみこと)・大歳御祖神社(大歳御祖命・おおとしみおやのみこと)の三社を総称して、静岡浅間神社(通称おせんげんさま)という。創祀は、千古の昔とされ、駿河国総社であった。
 三社は、鎌倉時代以降、歴代幕府の崇敬を受け、とくに江戸時代には徳川家の篤い尊崇を受けて、寛永・文化年間には大造営が行われた。現在残る社殿などは、文化元年(1804)から60年余り歳月と、十万両の巨費を投じて建築されたものである。社殿は、極彩色の漆塗りで、楼閣造りの大拝殿は浅間造りの代表的なもので高さ25mあり、殿内は132畳敷きの大広間になっている。
 昭和46年に社殿24棟、平成11年に宝蔵・神廐舎が国の重要文化財に指定された。
 山田長政公の産土神でもある。(出典:静岡浅間神社HP)
開催日 4月1〜5日 
場 所
祭り開催場所:静岡県静岡市
問い合わせ先:静岡浅間神社
主なアクセス
 JR東京−(新幹線)−静岡 (約1時間)
浦賀の地図 静岡浅間神社
浦賀の地図 小梳神社(おぐし)
見所時間
 廿日会祭は、3月3日の「桃華會(桃華祭)」、5月5日の「流鏑馬祭」とともに約450年前より続く静岡浅間神社の例大祭で、旧暦2月20日に執り行われていた。現在は毎年4月1〜5日に様々な行事が行われる。
 廿日会祭は、稚児の舞楽を奉奏することから「舞楽會」ともいわれる。舞楽は、徳川家康が駿府在城の時、「建穂寺」(現在廃寺)の観音會に参詣した折に、稚児などの舞が家康の気に入り、浅間神社2月20日の「お會式」に奉納して、天下泰平・五穀豊穣を祈願したのが始まりという。
その後、「大御所様御奉納の稚児舞」ということで廿日会の呼びものとなり、祭りの中心となった。それからは、駿府の1年毎に交代してお祭に関する一切の事を取り扱うお世話役の年行事が前日から建穂の村に出向き、当日は早朝から稚児のお出かけを願い、寺の玄関先まで七度半の迎えをたてたとされている。この稚児の行列は仰々しく、与力・同心などの役人が警固し、大名行列並み威厳があり、万石の格式を与えられたといわれている。
 最終日に大祭が行われ古式稚児舞楽が披露される。(静岡県指定無形民俗文化財)
 繰り出す山車は踟(ねり)と呼ばれ、最盛期には数十台出たといわれるが、現在は5台が纏を先頭に、木遣りを唄いながら巡行する。
 市民イベントの静岡まつりが同時開催され、大御所花見行列などがいろいろな催しがある。
(出典:静岡浅間神社HPなど)
祭事
月 日 時 間 内 容 (場所)
1 日 9.00〜 廿日会祭初日祭・酒造安全祈願祭 (神社)
2 日 10.00〜 商業・茶業安全祈願祭 (神社)
14.00〜 春期神衣祭 (神社)
3 日 9.00〜 神武天皇祭遙拝式 (神社)
11.00〜 醸造繁栄祈願祭 (神社)
11.00〜 稚児行列 (呉服町〜神社、雨天4日へ順延)
12.00〜 稚児無地成長祈願祭 (神社)
16.00〜 昇祭(大祭式、浅間神社の祭神・木花咲耶姫神が家光奉納の鳳輦で、賤機山上の麓山神社の大山祇命に合いに100段の石段を登る)
4 日 11.00〜 静岡特産工業繁栄祈願祭 (神社)
16.00〜 降祭(大祭式、木花咲耶姫神が、賤機山上の麓山神社から100段の石段を降りて帰る)
5 日 11.00〜 稚児行列、山車・屋台巡行、曳き揃え、踊り・木遣りなど
(小梳神社(おぐし)〜呉服町商店街〜浅間通り商店街をパレード後、
神社前道路に曳き揃え)
13.00〜 大歳御祖神社例祭 (神社)
14.00〜 神部・浅間神社例祭 (神社)
15.30〜 稚児舞楽奉納
(神社、県指定無形文化財)
舞殿奉納行事 1〜4日:吟剣詩舞、大正琴、演武会、謡曲、稚児舞楽。
特設ステージ 1〜4日:太鼓フェスティバル、舞踊、仮面ライダーカブショウーなど。
踟(山車・屋台)曳行、神輿巡行
月 日 時 間 内 容 場 所
3月31日 本年当番町(2007年城内踟・伝馬踟)
駿府本部踟・中商連踟
町内
4月1日 本年当番町(城内踟・伝馬踟)
駿府本部踟・中商連踟
12.00〜 本社神輿 (若駒神輿会) 宮〜
3 日 駿府本部踟 町内
15.00〜 灯篭神輿 (浅間神輿会) 宮〜
5 日 本年当番町(城内踟・伝馬踟)
駿府本部踟・中商連踟
町内
注1)日程は、2007年に実施されたもの。
市概要 人口:72.1万人、所帯数:28.6万世帯 (2007.2)
平成17年4月に政令指定都市となり、葵区・駿河区・清水区が誕生した。
名称・呼び名 踟(ねり、山車のこと)・屋台
分 類
分 類 人形山車(踟) 舞台屋台 合 計
3層・人形上下
枠上下型
台 数
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