|
江戸時代、日枝神社・山王まつりや神田祭の神幸祭の行列が江戸城へ入り、将軍の天覧が行われた。江戸城へ出入りするためには多くの城門をくぐらなければならず最低で6回、多い町は12回もあったという。
神幸祭と一緒に江戸城へ入る山車行列は、この城門をくぐるために江戸型と呼ばれる人形と上枠が上下できるからくり構造になっている。
明治時代に地方へ散った江戸の山車は、2輪から3・4輪に改造されたり、廻り舞台と呼ばれる山車の囃子座の下で回転するように改造されたものが多い。
絵は、成田祇園祭の江戸型の山車のイメージで、4輪・廻り舞台付きの人形・上枠が上下する江戸型山車。 |
|
|