ちよだ 江戸祭 2006
 今年は陰祭で、名前も「ちよだ 江戸祭 2006」と「天下祭」がなく、内容も山車人形・神輿の展示、落語、江戸登城ウォークなどであった。
 しかし、山車人形の展示には、初めて目にする原形のままとされる仲 秀英作の酒々井の小野道風や赤坂氷川神社例大祭の猩々、原 舟月作の張飛翼徳など名作が多かった。
会 場 会 期 展示品
丸ビル1F
「マルキューブ」
10月23〜29日
山車人形 八王子まつり 羅陵王
とちぎ秋まつり 張飛翼徳
赤坂氷川神社例大祭 猩 々
酒々井市下宿 小野道風
本庄まつり 日本武尊
高崎山車まつり 神功皇后
神 輿 千代田区一神町会
ちよだ 江戸祭 2006 山車人形・神輿展示場全景
丸ビル1F「マルキューブ」全景。山車人形・神輿の外に、川越市旭町在住の原 晃甲氏作の1/7のスケールの精巧なミニチュアも展示。ビジネスライクな空間に、朱色の人形や四方幕が華やかさを盛り上げる。
八王子まつりの羅陵王の人形と獅子頭
人形の名前:織田信長・羅陵王
人形師/製作年:原 舟月/明治初年
祭り/搭載山車:八王子まつり・横山町三丁目・人形単体
概 要
 明治初期〜末期に単層唐破風の山車に載っていた人形で、現在は、絵の人形と獅子頭が、八王子まつりの祭礼中に御神酒所に飾られる。
 人形は、織田信長が中国南北朝時代の古舞の唐奏曲の羅陵王を舞う姿を描く。これは、中国の羅陵王長恭がイケメンを強猛な面で隠し、敵軍に勝った故事に由来するという。(出典:八王子・横山町三丁目町会、同山車復元建造委員会発行資料)
八王子まつりの羅陵王の顔 八王子まつりの羅陵王の面 鎌倉鶴岡八幡宮所蔵の舞楽の羅陵王の面
上記八王子まつりの原 舟月作の羅陵王の顔と面。顔は髭をはやしたふくうらとした関東顔で、下の加須の夏祭りの仲 秀英と印象が似ている。 参考
鎌倉時代に作られた鎌倉鶴岡八幡宮所蔵の陵王の雅楽舞楽面。重要文化財。
加須の夏祭りの羅陵王の顔 加須の夏祭りの羅陵王の面 加須の夏祭りの羅陵王の人形
参考
上の絵は、文久2年(1862)に江戸日本橋の田所町・通油町・新大阪町が合同で作った山王祭番附21番の龍神山車に載る羅陵王の人形で、明治16年に加須の夏祭り・本町へ譲渡されたものである。作者は仲 秀英。面は、幕末の名匠、高村東雲が、面を作るに当たり3年間探し求め、鎌倉鶴岡八幡宮にある重要文化財の羅陵王の図面を基に彫ったとされている。
下の絵(左2枚)は、同じ作者で同じ文久2年(1862、伝承)に作られた川越まつり・仲町の羅陵王の人形。
これらの人形は、同じ年に作られており、当然、同じ仲 秀英が作ったと考えてよいが、その作風には大きな違いが見られる。加須の夏祭りの人形の修復などの経緯は不明であるが、川越まつりのそれは昭和58年に指などの修復はされているが、全体の塗り直しはされていない。(川越氷川祭りの山車行事)
加須の夏祭りの顔は関東顔で、顎骨が張りふっくらとし、口尻は下がり、目つきはどちらかといえば三白眼。川越まつりのそれは、絵はボケているが、「川越氷川祭りの山車行事」を見ても、京顔の瓜実顔、口元は真一文字、目は大きめの黒目である。
また、手の上げ方も違うが、川越まつりの人形は、紐により右手を伸縮(曲げたり延ばしたりか?)できるようになっているといい、絵は曲げた状態であろう。
確かに仲 秀英の作品には、武士ではないが青梅大祭・神功皇后(下右絵)、酒々井市・小野道風などの瓜実顔の人形もあり、両羅陵王の人形は、顔・仕草などあえて印象を変えて作ったのだろうか。
川越まつりの羅陵王の顔 川越まつりの羅陵王の人形 青梅大祭の神功皇后の人形の顔
とちぎ秋まつりの張飛翼徳の人形
人形の名前:張飛翼徳
人形師/製作年
 原 舟月/明治26年(1893)
祭り/搭載山車
 とちぎ秋まつり/万町三丁目
概 要
最初、張飛翼徳を載せたが日清戦争が始まり素戔嗚尊に載せ換えていたが、現在は、張飛翼徳と素戔嗚尊を日により載せ替えている。
バックルは、金張りの牡丹に唐獅子。沓も唐風の手間のかかったもの。
夜見ると怖い張飛翼徳の顔
張飛翼徳のバックル 張飛翼徳の人形の足
赤坂氷川神社例大祭の猩々の人形
人形の名前:猩々
人形師/製作年:−/−
祭り/搭載山車
 赤坂氷川神社例大祭/赤坂表一・二町会(元赤坂一丁目)・人形単体
概 要
 作者不詳。歌舞伎俳優九代目団十郎が、猩々を舞う姿。
 上枠は黒塗りの刎高欄、三味線胴には菊と波の透かし彫の彫刻。「氷川宮」の扁額を掲げる。
四方幕(水引幕)は、白地に勝海舟が書いた正面の「勝会」、側面「氷川」「神社」、裏面「明治二十年六月五日 表一氏子中」が繍秀により刺繍されている。勝海舟は、明治5年から赤坂氷川に住んだことに因み書いたとされる。
小さな穴から見ながら舞うのは大変であろう
勝海舟の書いた四方幕
当時そのままが残る酒々井の仲 秀英作の小野道風の人形
人形の名前:小野道風
人形師/製作年
 仲 秀英/安政6年(1859)
祭り/搭載山車
 酒々井市下宿区所有・人形単体
概 要
 下総酒々井の千葉氏の統治時代に行われていた鎮守麻賀多神社の祭りで引き回された山車の人形。箱書きに「小野道風人形 法橋仲 秀英 作」、「安政六年未九月 肴町」とあり、佐倉城下の肴町が購入したものを酒々井下宿へ譲ったものとされている。
 人形は衣装とも製作時のままの貴重なもの。傘を持つ手の仕草や下駄など細部まで詳細に作られている。
小野道風の顔
小野道風の下駄。当時の下駄の歯は、踏面が上より広い
本庄まつりの日本武尊の人形
人形の名前:日本武尊
人形師/製作年
 原 舟月(三代目)/明治15年(56才)
祭り/搭載山車
 本庄まつり/宮本町
概 要
 凛々しい関東顔。獅噛や沓、鉢巻きの徽章、太刀などどれ一つとっても逸品である。
凛々しい関東顔の日本武尊の人形
獅噛も逸品 沓も逸品
本庄まつりの人形より14年後の作品
(参 考)
人形の名前:日本武尊
人形師/製作年
 原 舟月(三代目)/明治29年(70才)
祭り/搭載山車
 石岡のおまつり/中町
概 要
 本庄まつりの人形とは、製作年に14年の差があるが、どちらも力強い出來である。
花押がある木札も直筆とされている。昭和30年に岩槻市で修復。
 原 舟月(三代目):1826〜1899、明治32年に73才で没。
関東顔が凛々しい
バックルも逸品 沓も逸品
高崎山車まつりの神功皇后の人形
人形の名前神功皇后
人形師/製作年
 山本 福松/大正13年
祭り/搭載山車
 高崎山車まつり/八島町/大正13年
概 要
 四方幕の岩に砕ける波は、新羅・百済・高句麗への海路を想定したのだろうか。
山の手の奥様を思わせる顔つき
神功皇后の沓
    
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