高山祭・春の山王祭 祭りのアルバム 高山祭・春の山王祭 2002 高山祭・春の山王祭 2007
―― 祭りのアルバム ――
高山祭・春の山王祭
屋 台 屋台一覧 からくり
高欄・擬宝珠 木 鼻 神 社
祭  内  容
祭名称 高山祭:春の山王祭 (通称:さんのまつり)
(秋には”高山祭:
秋の八幡祭”がある)
神社名称 日枝神社(山王さま)(高山駅から歩いて約15分)
高山市街地の東南の約1/4に相当する氏子を持つ神社
祭 神 御祭神:大山咋神(おおやまくいのかみ)
由 緒
三仏寺城(注1)の城主・飛騨守時輔朝臣が、ある日狩にでて山野を駆けめぐり、片野山中で奇瑞があったため、永治元年(1141)に日吉山王を勧請し祟めたのが起源とされる。その後、時輔の曾孫・景家は片野村の石光山に拠っていたが。養和元年(1181)、源義仲勢に攻められ落城し、社殿も兵火で焼失したが、辛うじて御霊代を片野ケ丘に奉還し、片野村の産土神とした。
 天正13年(1585)、金森長近が飛騨を平定して入国するや高山の天神山に築城し、片野村の産土神を現在の地に奉還して高山城の鎮護神とした。
 元禄5年(1692)に飛騨が天領になってからも、高山陣屋の代官・郡代の尊祟が厚かった。
 明治以降は県社になったが、戦後は金幣社に列せられ、高山市南東の約1/4の氏神として祟敬を集めている。
注1)三仏寺城:飛騨最古の城。平安末期、保延・永治の頃に平時輔が飛騨守に任じられ、この城を築城したと言われている。源平合戦の時には、木曾義仲に攻められて落城している。
 戦国時代には三木直頼の持ち城となり、天文16年には平野右衛門が城主となっている。永禄7年、三木直弘の居城となっていたが、甲斐の武田氏の侵攻により落城、城も廃城となった。
祭開催日 4月14日(試楽祭)・15日(本楽祭)
場 所
岐阜県高山市
主なアクセス(2007年時点:要確認)
@JR名古屋(高山線・特急飛騨)→高山
p時間:約2時間30分(参考:片道5,670円=乗車券3,260円+特急券2,410円)
Aバス:新宿→高山
p時間:約5時間30分(10〜30分早く着くことが多い。参考:片道6,500円、往復:11,700円)
浦賀の地図
参考資料 HP「高山祭」、高山市観光課発行小冊子「高山の屋台」など
市概要 平成17年2月に高山市を中心に周りの町村と合併した。
人口:9.7万人、所帯数:3.1世帯 (2005.2)
屋  台  内  容
屋台の成り立ち 天領の頃に既に笠鉾・だし・屋台があった。明治に入り東京では屋台が消えたが、高山では屋台だけが残った。経済力を持つ町衆が東西の文化を吸収し、技術を持った多くの大工・塗師・彫刻師により美を競い合った。
名称・呼び名 屋台
分 類
分 類 屋根屋台 太鼓山車
台 数 11
外観・容姿 黒・朱塗り極彩色
車 輪 4輪/板車、御所車/枠形台輪の外側、内側 (数/形状/位置)
出入り口 1段目後部に扉を開け閉めして出入りする入口がある。第5輪のジャッキアップ時など人の出入りが多い。
梶/方向転換 主に大梃で舵を取る、小梃が補助的に舵を取る/真横に回転する「戻し車」と呼ばれる第5輪でジャッキアップして旋回する。
囃 子 屋台囃子
その他 からくり:3台(三番叟、龍神台、石橋台)、他に人形が残っていても休演中のものあり。からくりは、屋台3段目正面に箱型の約3mの樋を突き出し、人形を操るための綱を樋の中に通して、3段目内の見物人から見えないところの5〜6人により遠隔操作される。龍神台のからくりは、唐子が樋の先に運び置いてきた壺に入れられた龍神が壺を破って暴れ出すなど、巧妙で精緻な演技が謡曲の詩に乗って演じられる。
からくりのページのBGMは、龍神台囃子。
昔の祭りの
役割分担
屋台蔵がなかった昔は、屋台はバラして組内の各家で保管し、祭礼時に組み立てて引いたとされることが天保時代の記録に残る。祭りでは次のような作業の担当が決められていた。
当番:費用の徴収、役割の分担、神社や他の組との折衝。
屋台建方:試楽の3日前に、保管目録にもとづき書く家に預けてあった屋台の部品を受け取り、骨組みを組み立てる。2日前にすべての飾り付けを終わる。
屋台仕舞方:祭礼が終わり屋台を出した間に雨が降らなければ本楽の次の日、降られれば1日日干ししてから分解し、各家に預ける。夏に虫干ししたり、修理の手配などもした。
人形方:人形を操る。祭礼時は、陣屋に櫓を設け、郡代がからくり人形を見物する。郡代から各屋台組に酒と肴が届けられる。
囃子方:「道行」やからくり人形を操るときの「操り」など20曲以上の曲があり、祭りが近づくと練習が行われ、町中に祭りの興奮が高まった。
提灯方:提灯を付ける人。
屋台曳方:この役は、何枚かの半衣・カルサン・挺・笠・金采などを持っていた。曳子は近在の農家の人たちが行い、気勢を上げるために酒肴の接待が行われた。
雨具方:屋台蔵のない時代は、組んだ屋台の屋根に油障子を載せ覆幕で覆う役割。大雨では雨水が通り、幕がびしょ濡れになることもあり、雨具方を嘆かせた。
手明:手が足りない部署への応援団。
江戸からの
流入説
 高山祭の屋台は、その原型は江戸から入ったとする説がある。その説を唱えるのは、飛騨で最も古い窯元小糸焼を復興した陶工長倉三朗(1913〜1999)で民俗学にも明るく、民俗事業功労者として勳五等瑞宝章を叙勲している。
 長倉の説などによれば、高山祭の屋台の当時の形は、1層(1高欄)で上層に人形を飾り、下層に囃子方が乗ったとする。それが現在の形になったのは、大阪で盛んであった竹田のからくりを載せるためであったという。
 高山祭の屋台の祖型とされる山車が、岐阜県金山町下原八幡神社にある。この山車は、天保年間(1830〜1843、天保7年との説もある)に高山の上一之町中町(下二之町上組大津の説もある)から譲り受けたもので江戸型・天領型と呼ばれている。
 山車は、八幡神社の祭礼に公開されており、説明板に次のように書かれている。
 「この山車は、江戸時代に高山祭の屋台が改造される以前の祖型(原型)である。山車の正面に黄色の鶴がかたどってあり黄鶴台と称して文化・文政・天保(1800年代)と高山祭で曳行されており、下原では明治・大正・昭和と御大典等の祝祭に曳行されている。この型の山車は県内でも皆無であり貴重な文化財である」とある。
 その構造は、からくり人形が載り、上下する大唐破風屋根、下の高欄の下の層は現在の高山祭のそれより高く格子で囲み内側に簾を掛けて囃子座になり、下高欄の上の層がからくりの操場になっている。車輪は、樫の木を輪切りにしたものが台輪の外側に配置されいる。
 名古屋の山車は、からくり人形を主としているため1層(1高欄)である。名古屋型から発達した犬山祭や尾張津島秋まつりの山車は、同じようにからくり人形が主であるが2層(2高欄)になっている。
 高山祭の屋台はこの名古屋型の発展系でなく、当時江戸では山車と屋台がペアーで引かれていたが、華美を戒め屋台が禁止されたため、屋台に乗っていた囃子方を山車に乗せ、なおかつ江戸城の城門を潜るため人形を上下させるため現在の江戸型ができたとされ、その形の山車が高山へ入ったという。その後、竹田からくりを採用することになり、それに合わせた構造・姿になり、また、文化・文政(1804〜1330)頃から唐破風屋根が切妻屋台になり現在の姿になったとしている。
 この竹田からくり人形は、機関樋を屋台から差し出して横から操る横引型であり、名古屋地方のものは、人形の下で操るタテ引型であることなども名古屋からの影響の少なさを物語るとしている。

 しかし、現在の高山祭の屋台や祖型といわれる下原八幡神社の山車に江戸型との共通点を見つけることは難しい。
見     所
祭行列
pしずしずと担がれる神輿、飛騨独特の獅子舞、王朝絵巻のような稚児、飛騨独特の鉦と締太鼓を舞いながら打ち鳴らす「闘鶏楽」など祭行列もなかなかの見応え。
●屋台
p高山祭の見所はなんと言っても屋台。極彩色の塗り・彫刻・金具・大幕・見送り・御所車・飾りなどどれをとってもそれぞれが芸術品と言っていい見応えがある。
pそれに加え「屋台全体の見た目の美しさ」。細い4本の柱で支える屋根は、上段に上げた姿が最も美しいが、そのままでは曳廻しができない、蔵に入らないなどのために、上下できるようなっている。また、真横に回転する第5輪でジャッキアップして旋回するようになっているが、これらは簡単な金属部品、木と縄などだけでできている。
p屋台全体の姿、彫刻などの個々の飾り、屋根の上下装置など視点を変えてみると昔の人々の偉大な企画力、芸術性、科学性などが感じられ大きな見所。
●からくり
p春の山王祭には3台の屋台でからくりが奉納される。
p細い樋の先で演じられるからくりは、今でこそCGやビデオ編集で自然現象にない画像に慣れているが、人形の巧妙で精緻な演技はいつ見ても驚きであり、一見の価値ある。
●夜祭り
p古い町並みを提灯を灯して曳かれる屋台は、山襞を縫ってたどり着いた高山の隔絶感も伴って何とも幽玄な思いに浸れる数少ない経験ができる。
●屋台蔵
p屋根を下段にした格好で屋台がすっぽり入る2〜3階建ての民家に相当する大きい蔵。扉を閉じた状態(祭りの期間外)でも存在感のある一見の価値のある建造物。
p祭り期間中は蔵の中も見ることができ、今では見ることの少ない大工・左官・黒鍬・鍛治などの職人の技が作った蔵を見ることができる。
●見所時間:4月14日(試楽祭)・15日(本楽祭)
4月14日
時 間 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
屋台曳き揃え 9.30〜16.00
からくり奉納
祭行列御巡幸 13.00〜16.00
夜祭り 18.30〜
4月15日
時 間 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
屋台曳き揃え 9.30〜16.00
からくり奉納
祭行列御巡幸 12.30〜16.00
注1)表は、2002年のもの。
  2)八幡神社境内の「高山祭屋台会館」で、高山祭・秋の八幡祭の4台の山車を常時展示。
  3)観光に関する問い合わせ先:高山市役所観光課
   〒506-8555 岐阜県高山市花岡町2丁目18番地 電話:0577−35−3145 メール:kankou@hida.jp
参考:高山市には春の山王祭(12台)、秋の八幡祭(11台)、飛騨総社(1台)の他に東山白山神社(1台・神楽台)がある。
   
Page Last Updated 2007.4.30
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