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祭 内 容 |
祭名称 |
青梅大祭 祭礼は、永正10年4月28日(新暦、1513)に社殿が建立されたのに合わせ行われるようになった。最初は、「住吉大明神の御祭礼」と言われいたが、その後「住吉御祭礼」になり、現在は「住吉神社青梅大祭」と呼ばれている。 神事は、4月28日に各町内の総代が正装して参社して、奉幣し拝礼して行われる。 山車の曳行は昭和になりGWに合わせ5月2・3日になった。 |
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| 神社名称 | 住吉神社(JR青梅駅下車徒歩5分 ) | |||||||||||||||||
| 祭 神 | 神功皇后 | |||||||||||||||||
| 由 緒 | 600年以上の歴史のある「延命寺」の祖の李竜元筍禅師が開山に当たり、郷里である摂州の「住吉神社」を鎮守して勧請したのが始まりと言われている。 | |||||||||||||||||
| 開催日 | 5月2・3日 | |||||||||||||||||
| 場 所 |
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| 参考資料 | 住吉神社青梅大祭実行委員会発行「青梅大祭」 斎藤慎一著「青梅住吉祭礼」(*26)、他 |
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| 市概要 | 人口:14.1万人、所帯数:4.9万世帯 (2003.8) | |||||||||||||||||
| リンク |
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| 屋 台 内 容 |
屋台の成り立ち | 600年の歴史を持つ青梅の大祭は、神輿が中心であったが、喧嘩が絶えないため、明治になって山車が作られたといわれている。機織物で栄えた古くからの祭礼町であった旧青梅の市がたっていた宿(しゅく)の住江町(宮本)、本町、仲町、上町、森下町の五町の豪商などが、江戸の人形が乗った三層高欄を東京・神田などから購入し祭りの華となっていた。 しかし、明治末期の電線の敷設に伴い、背の高い山車の曳行が不可能となり、五町の山車は現在の形に改造された。 戦後祭りは盛んになり、五町に加えて滝ノ上町、大柳町、天ケ瀬町、裏宿町の四町も山車を作り、その後昭和25年頃からは、青梅市に隣接する村の勝沼、西分、日向和田も住吉神社の祭礼に合わせて山車を曳くようになり全12台の豪華な山車の曳行が始まった。 |
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| 名称・呼び名 | 山車 | |||||||||||||||||
| 分 類 |
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| 囃 子 | 神田囃子系、目黒囃子系など | |||||||||||||||||
| 見 所 |
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| 感 想 |
激しい太鼓・笛・かけ声の「競い合い」は、日頃のストレスが発散する。住吉神社青梅大祭の祭りの楽しみ方は、「競い合い」を中心に祭りをマクロ的に楽しむのがこつ。 祭りの舞台は、旧青梅街道の一本道。この一本道の両脇には多くの出店が並び、道の各所に祭礼事務所(神酒所)や山車人形を飾った人形場があり、あちこちで交わされる挨拶、曳行される山車、色々な提灯に飾られた懐かしさを感じる町並みなど、この一本道にさえおれば祭りを見逃すことなく楽しめるという安心感と、一本道に集中している興奮を味わえる。これが青梅大祭の楽しみ方。 |
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