下谷神社例大祭 編集中
祭名称 下谷神社例大祭
神社名称 下谷神社
御祭神 祭神名:大年神(おおとしのかみ)、配祀祭神名:日本武尊
御由緒  人皇第四十五代聖武天皇の御代天平2年(730)に峡田の稲置らが、大年神、日本武尊の神徳を崇め奉って家の忍カ岡にこの2神をお祀りしたのが創目であると伝えられている。
 第六十一代朱雀天皇の天慶3年田原藤太郎秀郷が相馬に向かうとき、神社に参籠して朝敵平将門追討の祈願をし、平定後報恩のために社殿を新造した。その後寛永4年寛永寺を建立するに当たり、社地を上の山下に移されたが、狭いため延宝8年さらに広徳寺門前町に替え地して社殿が造営された。
 大正12年大震災により、社殿悉く焼失し仮社殿に遷座したが、昭和3年土地区画整理により改めて社地を現在の所に定め、同6年社殿が完成し本遷座した。その後の戦争では被害に遭わず社殿、宝物共に昭和6年の姿を残し、修復のみで現在に至っている。
 下谷神社は、「正一位下谷稲荷社」と言われていたため、この町は稲荷町と言われるようになった。明治5年神社名を「下谷神社」と改め、6年に郷社に昇格した。
祭開催日 5月11日に近い土・日曜日
本・陰祭がある。(祭りの日程参照)
場所
・東京都台東区東上野3−29−8
・問い合わせ先:下谷神社:電話:03−3831−1488
・アクセス:JR上野駅徒歩約10分、地下鉄・稲荷町徒歩約5分
浦賀の地図
見所 G土曜日の夕方からの町神輿10〜20基の宮入りと渡御
@10〜20基の町御輿が土曜日夕方に宮入し、連合渡御する。
A本社神輿の氏子町内の渡御。日曜日早朝宮出し、夕方宮入り。。
B神社境内
G拝殿天井に横山大観が66才のときに好んで描いた渦巻く風雲の中に踊る「龍」(昭和9年作)の絵。
G昭和8年、南北稲荷町有志の寄進により建てられた一の鳥居。「下谷神社」の額は東郷元帥の筆。
G寛永10年(1798)に江戸で初めて寄席が行われた地とされており、境内に「寄席発祥の地」に石碑がある。隣に子規の「寄席はねて上野の鐘の夜長哉」の句碑が建っている。
 江戸の寄席の始まりは、「式亭三馬の”落語中興来由”によると、寛政10年(1798)の6月に、大阪から江戸にやってきた岡本万作と名乗るはなし家が、神田豊島町の藁店(わらだな)に”頓作軽口噺”の看板をかかげ、辻々に絵びらを張って客を招いたことが記録されており、この直後に、初代三笑亭可楽が、仲間3人と下谷柳の稲荷社(現在の下谷神社)の境内に寄席の看板をあげたのが江戸のはなし家による開席の第1号だった」と言われている。(読売新聞)
参考資料 下谷神社社務所発行「下谷神社参拝の栞」他
Page Last Updated 2008.5.15
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