| 祭名称 |
三社祭 |
| 神社名称 |
浅草神社、三社さまと親しみを込めて呼ばれてる。 |
| 御祭神 |
一の宮:土師中知(ハジノマツチノミコト)
二の宮:檜前浜成 (ヒノクマハマナリノミコト)
三の宮:檜前竹成(ヒノクマタケナリノミコト) |
| 御由緒 |
●由緒:浅草神社の「浅草寺縁起」によれば、推古天皇36年(628)3月の早朝、檜前浜成(ひのくまのはまなり)、竹成(たけなり)兄弟が江戸浦で漁労中に1体の仏像を投網の中で発見した。これを土師中知(はじのなかとも)が拝され、聖観世音菩薩の尊像であることを知り、自ら出家して屋敷を寺に改造して帰依したと言われておりこれが浅草神社の草創。
●この檜前浜成、檜前竹成土師中知を祀ったのが「三社権現社」で浅草神社。
浅草神社は、浅草の総鎮守で明治政府の神仏分離令により浅草寺と分けられるまでは、僧侶が神前で読経していた。
社殿は、慶応2年(1649)に3代将軍家光が観音堂(焼失)と同時に寄進したもので権現造りの重要文化財。
●浅草は、武蔵野の一画で、東京湾の入江(江戸浦)の一寒村であったが、浅草寺ができて以来発展し、観音堂などが造営されたが、繰り返される火災や震災、戦災などにより焼失が繰り返され、現在の浅草寺の主要な建物は、雷門・昭和35年、宝蔵門・昭和39年、観音堂・昭和33年、五重塔・昭和48年など比較的新しい。
●三社祭は、浅草神社例大祭で、江戸三大祭のひとつに数えられている。 この祭は、氏子町会の町神輿約100余基が浅草寺や浅草神社の境内に集合する壮観さと、
宮神輿3基が江戸下町情緒の強く残る氏子44町を夜明けから夜まで渡御をする。
戦前、浅草神社には新旧7体の神輿があったが、惜しくも焼失してしまい、現在の本社神輿は、一之宮、二之宮が
昭和25年、三之宮が昭和27年に、氏子44ヶ町によって奉納された。昔の神輿より胴が細く、わらび手が大きく、近代的ですが、古風な味は失われているといわれている。
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| 祭開催日 |
| 5月15日過ぎの金曜日〜日曜日 |
| 金曜日 |
13.00〜 |
大行列(お囃子屋台、金棒、鳶頭木遣り、総代・各町役員、びんざさら舞、芸妓連の手古舞、くみおどり、白鷺の舞:浅草組合前出発) |
| 14.20〜 |
びんざさら舞奉納 |
| 15.30〜 |
神輿神霊入れ |
| 土曜日 |
10.00〜 |
例大祭式典 |
| 12.30〜 |
氏子町神輿の宮出し・連合渡御 |
| 日曜日 |
6.00
日没 |
宮神輿宮出し
宮入り |
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注1)表は、2003年のもの。
2)毎年本祭。 |
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| 場所 |
・東京都台東区浅草2−3−1
・問い合わせ先:浅草神社:電話:03−3844−1575
・アクセス:東武鉄道浅草駅徒歩5分、地下鉄銀座線徒歩5分、地下鉄都営浅草線徒歩7分 |
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| 見所 |
G100基以上ともいわれる町神輿の宮出し(土曜日昼頃)、3基の宮神輿の宮出し(日曜日早朝)。
@土曜日昼頃に、100基以上もの町御輿が浅草寺裏に集まり、浅草神社でお祓いを受けたあと、仲見世通りなど通り町内渡御へ出発する光景は壮観。
A日曜日早朝に3基の宮神輿が宮出しし、西部、南部、東部町内の渡御へ出発する。
B町神輿の宵宮渡御は、金・土曜日の夜に浅草公園六区〜伝法院通り、千束通り商店街、国際通りなどで行われる。提灯に灯を入れて練る神輿は昼間の渡御と一味違う幻想的な雰囲気を味わうことができる。
C囃子屋台、金棒、鳶頭木遣り、総代、町役員、びんざさら舞、芸妓蓮の手古舞、白鷺の舞などの大行列が浅草広小路、仲見世通りなどを練る。
D浅草神社や浅草寺にお賽銭をあげ、おみくじを引き、昼飯を食い、少しのおみやげを買う程度で1日こんなに楽しめるイベントは少ない。 |
| 参考資料 |
金龍山浅草寺発行「図解・浅草寺・今むかし」他 |