蔵前神社例大祭
祭りのアルバム
祭名称 蔵前神社例大祭
神社名称 蔵前神社
御祭神 誉田別天皇(応神天皇)
息長足姫命(神功皇后)
姫大神
倉稲魂命
菅原道真公
塩土翁命
御由緒  徳川第五代将軍綱吉公が元禄六年(1693)八月に、山城国(京都)男山の石清水八幡官を各地に勧請奉斉したのが始まり。以来、江戸城鬼門除の守護神ならびに徳川将軍家祈願所の一社として篤く尊祟せられ、御朱印社領二百石を寄進せられた。その後、火災などにより、浅草三嶋町へ遷されたりしたが現在地へ戻っている。神仏習合思想によることもあり、「大護院の八幡宮」とも称され、江戸の「切絵図」にも見られるが、一般には「蔵前八幡」、または、「蔵前の八幡さま」と呼ばれた。
 明治六年、郷社に列格し、「石清水八幡宮」から、「石清水神社」と改称、さらに、再び「石清水八幡宮」へ戻した。
 その後、大正十二年の関東大震災および昭和二十年の戦災により社殿を焼失、昭和二十二年、隣接の稲荷神社と相殿・北野天満宮とを合併合祀し、同二十六年三月、社名を「蔵前神社」と改称、平成七年十月、創建当初から境内神社として鎮座の鹽竃神社を合祀して現在に至っている。
 相撲との関係が深く、江戸時代には、境内で勧進大相撲が開催された。その回数は宝屠七年(1757)10月を始めとして、安永・天明・寛政・享和・文化・文教と約70年の間に23回にもおよび、三大拠点の一つであった。
 とくに、天明年間には、大関谷風や関脇小野川が、寛政年間にほ、大関雷電などの名力士も当社塊内を舞台に活躍し、数多の名勝負が見られたが、中でも、天明二年(1782)2月場所7日目には、安永七年(1778)以来、実に63連勝の谷風が新進小野川に「渡し込み」で敗れた一番は江戸中大騒ぎとなった。
 かかる史実に基づいて、財司法人大日本相撲協会(現・財団法人日本相撲協会)より現存の社号標や石玉垣が奉納きれている。
御利益 厄払開運、家内安全、交通安全、商売繁盛、学業成就、安産子育
祭開催日 6月第1日曜日とその前日の土曜日
場所
・東京都台東区蔵前3−14−11
・問い合わせ先:蔵前神社:電話:03−3851−0617
・アクセス:地下鉄大江戸線・蔵前、地下鉄浅草線・蔵前から徒歩約5分
浦賀の地図
見所 豪華な本社神輿の渡御。
関連リンク

参考資料 神社発行パンフレットなど
 2003年は本祭で、5月31日〜6月1日の土・日曜日に行われ、6月1日に見物に行った。約30ブロック程度の少ない氏子の神社は、下町には多く、蔵前神社もその一つであるが、立派な神輿は氏子町内をくまなく渡御し、みんな祭りを楽しんでいた。
底抜け屋台 渡御する本社神輿
神輿の渡御の先頭を行く底抜け屋台では、江戸囃子が演奏される。 神輿は、ビルに囲まれた氏子町内を渡御する。
豪華な神輿 神社拝殿
神輿は、名工・志布景彩の代表作で昭和30年製作。「梅に鶯」を彫り込んだ蕨手と「天女の図」を配した吹返しの模様と形状は、神輿での意匠登録第一号になっている。 蔵前神社は、隅田川から約100mの位置にあり、ビルに囲まれた静かなたたずまいで建っている。
提灯 氏子地図
ビルの軒先に飾られた祭提灯。 氏子は少なく、上絵の白抜きの部分。神輿は町内をくまなく渡御する。
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